第26話 日曜日のお出かけ -増田さんの憑依

「ねぇ見て、水道とガスコンロまである」


 テスト直しのため、六畳の和室に集まっているのは-


  令和の未来から、1989年の昭和に来ている僕、河井健太と、同じく未来から来た天然パーマで黒縁眼鏡の坂上楓。

 昭和の方は、僕が一目惚れしてしまった増田愛、学級代表の西山香織、7年後に命を落とす上原駿-


 柏木は遅れていてまだ来ない。


ガスコンロの所に増田さん、香織さん、上原君が集まっている。


 三人と少し距離が離れた。

 横長の座卓を並べて座っていた僕は、楓に囁いた。


「上原くんの社会のノートに書かれていた言葉だけどさ。気になることがあって」


 公開処刑、あれは公開処刑。

30分以上……地獄……目をつけられた-


楓が未来で見たノートに書かれた言葉。


 楓は黙って僕を見つめる。分厚い眼鏡の奥の瞳と目が合った。


「30分以上も公開処刑……って書いてあったよね?そんなに長く叱られなかった気がするんだけど。二人が止めたから」

 楓は頷く。


「あの時は僕と増田さんが邪魔したから12、3分じゃないか」


「うん。そうだった。てことは、少しだけ未来を変えたんじゃないか。今日だって上原君、来て楽しそうだし」


 と僕。上原君が香織さんと増田さん、両手に花で笑っている。それを見ているとほっとする。


「ゴンのことだったのなら、早く止めればよかったけど……」


僕は、珍しく弱気の楓を励ました。


「あれは仕方ないよ……でも公開処刑されてる時間は大幅に減った。二学期になって、上原君が僕たちとまだ会えてるなら、僕たちは未来を変えたってことになるよね?ていうか夏休みに一緒に外出できていたら、それは引きこもっていることにならないから、ほぼ成功してるんじゃないか?」


 それまで僕たちはこっちの世界にいたい。

 未来では一学期までしか学校に行ってない上原君。そのあと引きこもって……

そこをなんとか変えたい楓……。


「……そうかも。ただこの先なにがあるかわからないから、油断できない」


 このとき、増田さんになにかが急に取り憑いた。


「殺して……殺して……ママ〜」


 え?なに?

 増田さんの弱々しく高い声が怖い。

 香織さんに向かって両手を伸ばしている。


「殺すんだ〜」

 お化けみたいに擦り寄っていく増田さん。


「……あれ、なにやってるんだ?」と楓


「そうよ! あの子は死んだのよ! 湖で溺れて死んだのよ!」

 高い声から急に、低い声に変える増田さん。

「うぉっ」

 狂気じみた増田さんに、僕は驚いて声が出た。香織さんはキャーと大袈裟に驚いて、逃げまどう…………いや、笑ってる。


 それを捕まえようとする増田さん。

「ママ、殺して……殺すんだ〜」

 また高い声。子供パートと母親パートで声を変えている。

「キャー!」


 なにこれ?なにが始まった?


「怖い怖い。あのお母さんヤバかったね」

上原君が座卓に来て、座りながら言った。


「昨日観たでしょ?」と上原君。

「なにが?」


「観ましたよ……」

と楓が不気味な声で言った。

なにを観たと言うのか。


「13日の金曜日、怖いよね」

 上原君はそう言って、女子二人を指差した。似てるーと言って増田さんを見ている。


「2回オチがあるとはね」

 とボソッと言う楓。


 あんなふざけたことをする増田さん、初めて見た。好きのフィルターがかかっているので、なにをしても可愛いと思うけど。


「見なかったんだ、河井。多分、明日学校で盛り上がるよ」

「え?……みんなホラー好きなの? 僕はあんまり好きじゃないから……」

 僕は上原君に言う


「僕も別に好きじゃないけど……ホラー映画放送した次の日は、みんな映画見てるじゃないか。君も前はそうだっただろ?」


 携帯電話がない1989年では、同じ時間に同じ人気番組をみんなが見ているけど……映画もなんだ。

 学校でも、怖かったねーってみんなで盛り上がるのが恒例だし、と上原君が言う。


 そんな深夜にみんなが起きてるの?

 ダビング?……と思ったら、夜の9時からだと後で知って驚いた。ホラー映画もゴールデンに放送するのか……。

 これが令和だったらテレビ局にクレーム入りそう。子供の影響に悪いって。


 そんなことをしていて、まだ勉強の準備も整っていないときに、柏木が現れた。


「ごめんな。お待たせ」


「柏木、遅いよ〜。愛の一人二役見逃しちゃったよ〜」

 と香織。


 柏木はどかっと荷物を置いた。

 いつもの柏木っぽくない。怒ってる?


「いろいろあってさ……お前ら、量多いんだから、先に始めてくれてて良かったんだぞ」

 

「あたし達だって、ちょっと前に着いたの。徹がいなくても始めるつもりだったよ」


 香織が反論した。

 

「……あっ、そ。……それよりさ、これから集まるときはここがいいかなぁって」

 柏木がと淡々と言う。僕は何も反応しなかったけど、心の中でガッツポーズをした。


「そうなの?老人会館はもうやめるってこと?」

 近くで楽だったんだけどね、と香織さん。


「理由は後で言うよ。さぁ、テスト直しやろう」



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る