第19話 楓のお見舞い
坂上楓は体が弱い転校生-
なぜか昭和のこちらでは、そう認識されていたそうだ。
それは僕が足のリハビリで入院していたと皆が言ってきたのと同じ。
本当のことではないが、こちらの世界にすんなり入るためにお互いに必要なことだったと思う。
そのおかげで僕と同じく、楓も1989年で違和感なく新しい生活がスタートした。
優しい年配の夫婦と暮らしているらしい。
「……すり合わせみたいな……」
楓はぼんやり天井を見ながら-
「なぜかはわからないけど……なにかがあって……まぁ、僕にとってはありがたいよね」
坂上楓は僕の家に上がると、絨毯にゴロンと横になり、いい部屋だねと言ってまるで自分の家のようにくつろいでいた。
令和からどうやって1989年に来たのか……それは同じくあの焼却炉だった。楓もあの中をひたすら進んで来たらしい。
「さっき……なんで増田さんの名前を使ったんだよ」
シュークリームを食べている楓は顔をしかめながら言った。
「そりゃもちろん、君が増田さんを好きだからだよ。喜んで出てくると思ってさ」
「なっ……」
顔が赤くなっていくのがわかる。
「君はとてもわかりやすい。君がこのクラスに来た初日にだいたいわかったし…………このシュークリーム甘すぎないか?」
「……そんなに」
「大丈夫。タイムスリップのことも、君が増田さんを好きなのも、誰も気付いちゃいない。あ、柏木君は君の好きな人は知っているかもね」
あー、それはそうかも。昨夜も一緒にいたから。
「でも別に増田さんのことをみんなが好きなわけじゃないし……君はそう思っているっぽいけど」
前から気になっていることをさらっと言ってきた。
「そりゃそうだろ。美人って感じじゃないけど……増田さんて自然で可愛いって言うか……優しくしてくれるし」
楓はため息をついた。
「やめときなよ……だって彼女、あざといじゃないか。あの無造作な髪型もなんだかあざといし」
「おい。彼女はただのくせっ毛じゃないか。髪型のこと、君に言われたくないだろ?」
僕の目の前で悪口ってあり得ない。自分だってもじゃもじゃのくせに。何考えてんだ。
「この時代、なんて言うか知ってる?」
「え?」
「ぶりっ子って言うんだよ、あーゆー子」
「え?……ぶり?」
「かわいこぶりっ子」
そう言ってまた笑いだした。ぶりっ子ってなんだよ、変な言葉だねとかなんとかボソボソ言っている。
ここまで言うか?僕の好きな人のことを。こんなんで協力できるの?
ひとしきり笑うと、急に楓の表情が変わった。
「ところで、河井君。よく覚えているだろうが、社会のゴンが上原君の点数が悪いって、ずっと説教しただろ?8点の」
よく覚えている。今思い出しても気分が悪い。あれは酷かった。
「増田さんがあの状況でトイレに行きたいと言ったのは驚いたな」と楓。
そうだった。それでその後、楓がなぜか転んだ増田さんの上に覆い被さっていた。
「あのときの増田さんは、やっぱり上原を庇ったの?」
「それ以外にないだろ」
「お前、転んだ拍子に増田さんの上に乗っかっただろ!」
僕は楓を指差して非難した。
「あれは、増田さんの勇気を出した行動が無駄にならないよう、僕は手助けしただけだ。実際上手くいっただろ?」
「上手く?」
二人で倒れた後、増田さんを踏み台にして起き上がったけど?増田さん震えて立ち上がれなかったけど?
それも楓は計算してやったっていうのか?
「上手くいったの?あれが?」
「そうだよ。彼女が転ぶように足を引っかけた」
「ちよっ、お前さ!」
彼女多分、頭を打ちつけていたぞ。
「全員の怒りが俺に向かえばいいって思って……こっちだって考えつかなかったんだ」
だって……まさか……
先生だったなんて-。
楓が消えそうな声で言った。
なに?どう言うこと?
「あのあと廊下で俺だけ怒られたよ。ブツブツひたすら言っていたら、もうゴンはこんな俺を相手にするのも嫌みたいで、呆れ果てて帰った」
そう言えば。まだ授業中だったのにゴンは戻ってこなかった。
「この学年はいろいろ問題があるね」
「どう言う意味?…………未来でなにかあるの?」
それは僕が知っている叔父さんの事件みたいに、楓もなにかがあるってこと。それともあの僕の事件と関係があるのかも知れない。
……罪者になっちゃうやつもいるし-
「え?……なんて?」
楓ははぁと大きくを息をはいた。
「犯罪者、になるやつもいるし」
え?
「自殺するやつもいるし」
そう言って楓は寂しそうにフッと笑った。
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