第11話 理科の時間 ゼロ

 

 坂上楓には極力近づかないようにしていた。

 そんなある日ー


「君さあ、ピーナッツ男だよね」


 坂上楓がいきなり話しかけてきた。ひょろっとした猫背をさらに丸め近づいてきて、小声で。


 僕は令和でも昭和でも、休み時間は図書室で借りた本を読むのが好きだった。

 友達と話をするのも好きだし、たまに増田さんと話すこともある。でもできれば一人でゆっくりしていたい。


 怖い先生たちがいるこっちの世界は、休み時間は唯一の癒しだ。


「ピーナッツ男、知ってる?」


 今まで一度も話したことないのに、普段から話しているように喋りかけられた。

 僕は読んでいる本から顔上げた。


「は?」

 ぴーなっつおとこ?


「ピーナッツ男みたいって言われたことない?」 

 どういうこと?殴っていいのか?

「ない」

 僕は坂上楓をきつく睨んだ。

 

 殴っていいか。だってここ昭和だし!先生だって殴るし!

 携帯に動画撮られないし、拡散されないし。グループLINEから退出させられないし。


「初めて君がこのクラスに来たときから、ずっと思ってたんだ」

 嬉しそうに眼鏡のフレームをいじりながら言う坂上を無視して、僕は立ち上がった。


 とてもムカつく。ヤバいやつだ。


「次は理科の矢作だよ、移動だから!」


 学級委員長の香織さんが、みんなに呼びかける。そうだ、理科の授業に遅れたら大変なことになる!


 早く支度しなくちゃならない。アホな転校生に構ってる場合ではない。

まぁ、僕も未来から来た転校生なんだけど、本当は。


 矢作は実験があってもなくても、科学室で授業をすることが多い。

 理科の矢作は本当にヤバいんだ。


 それは昭和の西里中学校に来て、理科の授業を受けてすぐにわかったことだった。

 矢作はわざと解けない問題を、端の席から順に質問する。生徒はわかりませんって言う。するとこう。


「なんでわからないか知っていますか?お前が馬鹿だからです」


 ちょっと体重がありそうな男子の場合ー

「なんでわらないか知っていますか?お前がデブだからです」


 僕は特に太っていないのでいつも馬鹿で済んだ。

 そしてその後、持っている太い教科書の角でガンって頭を叩かれる。クラス全員にこれだからね。

 A組からE組、クラス全員が「馬鹿」って言われて頭をガンってやられてきた。一人残らず。まったく何様のつもりだ。自分だってチビで眼鏡であだ名はヤハゲなのに。


 ギネスブックに載るんじゃないかな。生徒に「馬鹿」と一年間で一番多く言った教師って。もしくは教科書の角でぶった教師って。


 だから僕たちは急いで支度をして、科学室に向かった。

 

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