第2話 技術の時間 2
高崎が固まっている。僕らも固まっている。教室は静まりかえっていた。移動教室ってところは結構広い。たいてい廊下の突き当たりにあってうすら寒くて、もうそのときの冷え方ときたら北極並みだった。
僕は、そこまで言われたら出て行ってもいいんじゃないかって思った。
今回ばかりは出て行っても怒られないって思った。多分、僕以外の生徒全員もそう思ったはずだ。
出て行けと言われ出て行くような生徒は当時うちの学校にはいないし、特にうちらの学年には絶対にいない。そんなことを許す教師も一人もいない。出て行けって言ってもそれは「そんなわからず屋は家から出て行きなさい」って親が子供に言うあれに近い。
つまり、ものすごく怒ってますと相手に伝えたいだけで、出て行ってほしいわけじゃない。
でもあのときの清原の怒鳴り方は、本当やばくておかしかった。僕なら確実に精神がやられ引きこもりになる。こんな嫌がらせありえない。だから生徒全員、高崎のやつ、いい加減に出て行っちまえよ。怒られやしねえよ。清原の野郎にそこまで言われることなんかない、行っちまえよって気持になった。
「 出て行け」ってもう一度、清原は脅すように言った。高崎はただ床を見つめるだけだった。ろくでなしなやつが怒られるならともかく、高崎は真面目なやつで、先生に目をつけられるような生徒ではない。だから心底嫌な気分だった。
「 聞こえてるかぁ〜? 出て行けと言ったんだぁ」
清原はまた言った。バカにしたような胸くそ悪い言い方だった。高崎は首を持ちあげ、初めて清原の正面を見つめた。決めましたって顔だった。睨みつけている感じではない。あいつはそういうやつじゃない。
そしてやつは躍を返して扉に歩いて行った。僕はすごい嬉しかった。ほっとしたのもあったけど、もうガッツポーズをしたくなった。そうだ高崎!出て行っちまえ!みんなも絶対そう思った。そしてみんなドキドキしながら入口の扉を見つめていた。高崎が扉に手をかけたその時ー
「出て行くやつがあるかー!!」
高崎はものすごい衝撃で壁に叩きつけられた。顔面を挙で殴りつけられたんだ。みんな叫んだよ。
えっーーって、大絶叫。
もちろん心の中で
僕の隣の生徒もあんぐり口を開けている。これにはさすがにぶっ倒れそうだった。
これがお笑い番組だったら笑えるかもしれないけど、あの場では笑えなかった。
倒れてうずくまっている高崎を、清原は胸倉を掴んで起こして、もう一度挙で殴った。ゴンと鈍い音がした。顔をかばって床に倒れたやつの頭を、今度は靴で踏みつけた。次に足で肩や背中、腹や足とか、いたるところを清原は容赦なく蹴っ飛ばし始めた。
少しは手を抜いて蹴っているのはわかる。当たり前だ。もしあのデカイ大人に本気でぼこぼこにされたら救急車で即入院。ていうか、あのくそったれが入院して検査を受けるべきだと本気で思った。
高崎は蹴られるがままになっていた。三十分くらい長く感じたけど、多分五分くらいだったんだろう。
でもあのときはこれが 永遠に続くように感じたよ。友達が先生から暴行を受けている。でも助けることができない。
地獄のような時間ー
清原は高崎をぼこぼこにした後、引きずるように椅子に座らせた。
もちろんその後は誰一人、授業に集中することなんかできなかった。
誰よりも清原が一番高ぶっていて、あいつは何ページをノートに書いておけと怒鳴って、授業を放棄した。そしてそのまま授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
あの後のことはよく覚えていないけど、ろくに字が書けなかったことはノートを見るとわかるんだ。僕の字は左手で書いたかのように、ひどく震えていた。
クラスに戻って少し経つと女子達が後ろに集まっていた。学級委員長の香織が中心となっていた。
「ねえ、聞いた? 男子の保健」
「なになに?」
その後に続くえーっと言う声。
僕は増田さんを無意識に探している。増田愛は読んでいた小説から顔を上げて、
声のほうに少しだけ視線を移した。
あのとき見ていたのは男ばっかりなはずなんだけど、後々女子連中がこぞって話をしていたから、あっという間に話は広がったみたいだった。
次の時間は給食だったけど、高崎はじっと自分の席に座って動かなかった。
ただじっと前を向いていた。あの高崎の背中を僕はいまだに覚えている。廊下で手を洗った僕は、手持ちぶたさで後ろのロッカーに手をかけた。そのときの木の感触も覚えている。あの授業のことは忘れられない。
最悪な授業だった。
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