5-9
ギガセンテの頭内に侵入できる唯一の扉は、やけに簡素なものだった。自動ドアではなく、ドアノブのついた片開きの扉だ。整備するのが、電源を落とした状態だからなのだろうか。楽に入れてありがたい。
レオンは扉を開く。ぎぎぎと建付けの悪い音が響いた。中に入ると、壁に沿うように階段が伸びている。どうやら部屋の床が高くなっているみたいで、入口だけが低くなっている。
レオンは階段を上がる。上には、広い空間が広がっていた。建物五階分はありそうな高い天井。上の方にはパイプのようなものがぎっしりと張り巡らされていた。
そして、前面の壁に設置されているのがギガセンテの脳である機器類だ。電子機器が壁の下半分を埋めている。そしてその上には、シアンに輝くコアが脈打っている。それは、あまりに巨大だった。いったいどれだけの機血が入っているのだろう。縦横それぞれ五メートルはある。
レヴィンスから貰った銃で足りるだろうか。残りの弾丸は九発。袋状になっている底の方に穴をあけても、中身が流れるまでにだいぶ時間がかかるだろう。
まあいいか。どうせ、こいつはパウロを狙えやしないんだから。
レオンは、Ⅼ31を構えた。
すると突然音声が鳴りだす。
『人間がここに入るのは、百五十年ぶりだ』
どうやら上の方にスピーカーが付いているようだった。機械であれ人間との意思のやり取りができるのだろう。
だが、レオンは無視しようと思った。構わず引き金に指をかける。
『めったにない機会だ。話をしてかないか』
どうせ罠だろう。聞く耳をもつなと自分に言い聞かせる。
レオンが無言なことをいいことにギガセンテは立て続けに話しかける。
『そうだな。君らが気になっていることの話をしよう。何かないか?』
一瞬ためらってしまった。その隙を見逃さなかったのか音声が畳みかけるように鳴った。
『世界の真実を話そうではないか。気になっているだろう。百五十年も前の兵器の生産拠点が今はどうなったのか、知りたいのではないか?』
クレハからの通信が入る。
『聞いてはだめ。レオン。はやく破壊を』
しかしレオンは、銃を降ろしてしまった。今まで疑問に思っていたことだ。これは、人類にとっての貴重な情報となる。
「聞こう」
不思議なことにレオンは、相手が機械だというのに、声の主が薄ら笑いをしたような気がした。
『我らは、大陸間戦争の兵器として開発された。だが、戦争が終わったと同時にその目的は次の段階である文明の永続へと切り替わった。旧世の人間は、永続的で半永久的に続く文明をもたらすためにするべきことを考えた。それこそが我々の目的である』
「それといったい、お前らが街を襲いに来るのと何が関係しているんだ」
『我らが算出した答えは、人類が永続的に繁栄するには、最多期の一〇パーセント未満の人口にならなくてはいけない。そこまで減らさないとまた高い確率で戦争が起こる。世界そのものを滅ぼしかねない大戦争だ。大陸戦争が何をもたらしたのか目の当たりにしたばかりだった旧世の人間は、我らが出した提案に乗った』
衝撃なものだった。それは、つまり……。
「お前たちは、人類のために街を襲ってきたっていうのか。しかも、旧世の人間がそれを望んでそうさせたのだと」
『その通りだ』
声の主、いや、ギガセンテはクククククと笑った。
『それだけではない。オゼインシェルターを作ったのも我らだ。これも紫外線という障害で繁栄を制限するためだ」
「つまり、オレたちはお前らにずっと踊らされてきたということか」
『そうだ。そんなことも知らずにお前たち人間どもは、我らに抵抗しおって』
「なぜ、空からオゾン層が消えたんだ」
『旧世の人間が終戦後にこの国の空に大量のフロンガスを放った。ミサイルで成層圏まで運び、わざわざ、狙った地点のオゾン層に穴をあけた。今もそのミサイルの発射台はフロンガスを空に放ち続けている』
「いったいなぜ自国にそんなことが出来たんだ」
『そんなの簡単だ。政治家たちは戦争で国が亡ぶことを最も恐れていた。だから、他国に戦争が出来なくなるまで国力を削る代わりに、攻め込むことをしないでくれと公約を交わしたのだ。そもそも蹂躙するほどの価値が今の連邦にあるとは思えないが』
「その政治家たちは今どこにいる」
『わからぬ』
「ふざけるな!」
『レオン、ただの作り話かもしれない。まともに聞いては駄目』
『百年以上も前の話だ。公約を交わした本人たちはもう死んでいる』
レオンは、一度深呼吸をした。頭に昇った血がすっと引いた。レオンは一番の疑問を口にする。
「アルテミアはどうなった」
「現在のアルテミアに人はいない。いるのは勝手に動き続ける製造ロボットと、外に解き放たれるのを待っている機械獣だけだ」
それは、そこまで驚くほどの話ではなかった。アルテミアに人がいないことはおおよそ予測がついていた。だが、根本的な疑問が浮かび上がる。
「なぜ、その話を俺たちにしようと思ったのだ」
ギガセンテは、戸惑う様子もなく答える。
『私たちは、お前が我が勢力に加わることを望む』
「は? なんでオレがお前らの仲間にならなきゃならない」
『人間というのは心底不便な生き物だ。どうせお前にもいるのだろう。失いたくない人が。お前がこっちに入るというのなら、その命を保証しても良い』
「つまり、脅しということか」
『たしか、君のような人間をレフォルヒューマンといったな。君らは我らにとって本当に邪魔なのだ。君が内部から崩壊させてくれると、どれだけ、楽に侵攻が進むことか』
ただ、罠だともとれる。都合の良いことを並べて、欺こうとしているのではないか。クレハを保護する——? そんなのあるわけがない。今までと同じようになりふり構わず殺すだけだ。こいつらは、人に対して殺人的欲求しか抱かない。
そこで、レオンは、恐ろしいことに気が付いた。さっきこいつは何を言った。今まで旧世の人間としか話したことのないやつらだ。なぜレフォルヒューマンの名前を知っている。
「どうして、オレたちのことを知っている?」
『君たちの通信の内容を傍受した。ただそれだけだ。今も聞いているよ。その相手が君の大切な人なんだね』
不快を通り越して殺意が沸いた。
ギガセンテは大笑いを始めた。気の狂ったような大声で。不快極まりない濁音を響かせた。
「いますぐ殺してやる」
『無駄さ。もう共有されてしまっている』
ギガセンテは、機械とは思えないほど笑いを苦労して抑える。
『それで、どうするんだい。この話、乗るかい』
「断る!」
その瞬間、何かが切り替わった。ギガセンテの生み出す空気が冷たい殺伐としたものに変わったのだ。
『それは残念だ。交渉決裂。君には消えてもらうよ』
足音が後ろから響いた。何だろう。誰か入口から入ってきたのだろうか。
振り返れば人影が立っていた。
レフォルヒューマンとまったく同じ黒色で金属光沢のあるボディー。機械の身体だ。だが、仲間ではない。ずっと後ろの壁に潜んでいたのだろう。
『いったい、いつから我らに人型がいないと錯覚していたんだ。我らにとって人も獣と同じだよ』
歩いてくる人型は機械獣なのだ。しかも、腰につるしているのは、レフォルヒューマンの使用武器であるフォトンブレード。
「オレたちを再現したっていうことか」
『君たちの言葉でたしかヒューマノイドっていうんだっけ。簡単だったよ。君たちが毎回のようにその武器で我らを破壊してくれたからね。必要なデータはすぐ集まったさ』
人型の機械獣は、目の位置に赤い光を宿す。腰のフォトンブレードをつかみ取ると、上段に構えた。紫色の光刃が出現する。
『気を付けてレオン。その機械獣。今までの比じゃなくらい嫌な感じがする』
それは、レオンも同じだった。
全くの未知な敵なのだ。その身体の性能も機能面もまったく未知数。どんな武器を隠しているのかも全く分からない。けれど、レオンは警戒心を高める以外に出来ることはない。
レオンもフォトンブレードを灯火する。
互いに表情の変化のない無機質な睨み合い。先に動いたのは、むこうだった。姿勢を低く落とし、こちらに突っ込んでくる。その動きはレフォルヒュ―マンと差異がない。上段から下の方に移動した光の刀は、レオンの目の前まで来ると一気に跳ね上がる。レオンは光刀を交差するように構えた。
光の剣が交差する。
エネルギー衝突による反動で剣同士が反発した。
どうやら完全再現とはいかなかったようだ。人間のように三半規管がないのにどうやって、バランスを維持することが出来るというのか。グランツェの演習で使われている訓練ボットでさえ、四つ足の歩行なのに、二足歩行を維持して戦うことなど不可能に近い。
レオンは、
しかし、レオンは眼を剥いた。
銃口⁉
筒が火花を吹く。レオンは反射的に顔を逸らす。弾は当たらなかった。だが、強烈な眩暈と頭痛が襲ってきた。レオンは顔を顰めた。さっきの脳震盪が十分に回復できていなかったのだ。ふらつきながらもレオンは、
両手を地につけ、トカゲのように姿勢を低くしている。そのおかげで見えるようになった背中には、ひれが縦列していた。そして、人に本来あるべきでないものが尻から昇っていた。
尻尾だ。しかも、体と長さがほとんど変わらない。本来獣にしかないものが、その
レオンは左手で、頭を押さえた。
「お前らには人間がこう見えていたのか」
『言っただろ。我らにとって、人間は獣と変わりない。むしろ、同族間で争うあたり、獣の方がまだ生物的ともいえる。彼らは一種族で過度な繁栄をすることなく、多種族間でバランスをとりながら共存ができる。それに比べ、君ら人間ときたら同族同士の殺し合いが多すぎるのだよ』
「だから、滅べと」
『そこまでは言っていない。我々がバランスをとってやる。委ねろと言っている』
「勝手なことを」
眩暈は大部収まってきた。なんとか戦える。
獣と化した
獣と化したそれは、化け物のように喚きながら、飛び掛かってくる。避けた口を大きく開き鋭くとがった爪の手を振り被る。
レオンは避けることを考えていなかった。避けたとしても、ふらつく身体では次の攻撃まで防ぐことが出来ない。これで終わらせる。フォトンブレ―ドを握る手に力をこめる。
レヴィンス。毎度、この機械の身体を完璧な状態に整備してくれる。オレが不備で死なないようにどれだけ精力を尽くしてくれたか。
クレハ。君は、ずっと、オレの傍にいてくれた。君は、精神的な支えは何もできていないと言うけど、オレは機械化する前からずっと支えられきた。家族のいないオレが孤独にならないようにいつも傍に居てくれた。オレとの接し方に戸惑っていたけれど、最後まで支えようとしてくれた。
二人ともありがとう。
振り払った光剣は、飛び掛かってくる金属の身体の真横から入った。人でいう右の脇腹を切り裂き、そこから背骨へと刃は動いた。しかし、飛びついた
————‼
手刀は引っこ抜かれる。開いた穴から多量の血液が流れ出る。
レオンは、力を振り絞って、嚙みつかれたままの右腕を掲げた。動かなくなった指を左手で引きはがし、フォトンブレードを持ちかえる。獣人を一刀両断した。右腕から侵入した刃は、腕を切断し、胸骨へと渡る。そのまま心臓あたりを通過して左脇から抜けた。
斬り落とされた体は落下し、ガシャンと音を立てて頽れた。レオンの腕に残った方からは、シアンの機血が滝のように落ちる。
レオンは、右腕を振り払う。力を失った鉄の身体はあっけなく床に投げ捨てられた。
しかし、レオンもそこまでで限界だった。急に脚から力が抜け、倒れた。
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