5-8
航空隊は指示通り、ギガセンテの周囲二十キロの位置を飛行していた。隊長であるマルクはコックピットから巨蟲を見る。
ギガセンテは、砂を巻き上げながらパウロに向けて進んでいる。まるで、神話に出て来る怪物のようだ。数えきれないほどの節足が蠢くのを見るだけで虫唾が奔った。とても、実在の生き物をモチーフにしたとは思えない。
マルクは不思議に思うことがあった。なぜギガセンテは、何も攻撃を仕掛けてこないのだろう。こちらの存在は向こうにも知られているはず。なのに、奴はパウロに向けて前進するだけだ。なぜだ。なぜ何も仕掛けてこない。
その時、レーダーが接近してくる何かを捕捉した。ギガセンテとは反対側だ。マルクが顔を向けたとき、それは、すでに航空隊の一団を捉えようとしていた。
「フォーグルだ! 退避しろ‼」
他の機体に指示を飛ばしたと同時、マルクも退避する。隊は一気に散った。皆がフォーグルを注視しているなか、ギガセンテの身体の一部から同じ影が撃ちあがった。
不意打ちをしてきたフォーグルの対処をしている間にもう一機がその混乱の中に飛び込む。最初からその魂胆だったのだ。
こんなとき、テオがいてくれれば。彼なら一人で標的をとり、その隙に他の仲間が撃ち落とすということが出来ていた。
しかし、もうエースコンバットはいない。頼れるのは己の判断力と仲間の腕のみ。
「皆、聞こえているか。オレが独断で隊を指揮する……」
マルクは各面々に指示を飛ばした。各々がその指示に従って行動を開始する。
まず、マルクとキャメロンがギガセンテに向かって飛行した。マルクがミサイルを撃ち込み、続いてキャメロンが同じ体節にミサイルを撃ち込んだ。ギガセンテの身体に穴が開いて黒煙が上がる。
それにフォーグル二機とも反応を示した。彼らの標的をとることに成功した。二機のフォーグルは、マルクとキャメロンをそれぞれ追ってくる。
フォーグルが嘴を大きく開け、機銃を発砲する。二人はタイミングを見計らい機体をくるりと横に傾けた。弾丸は機体をかすめ通過する。
二人は速度を上げる。見る見るうちにフォーグルを引き離す。フォーグルは二機とも追うことを諦めたのか地面に着地した。だが、攻撃手段が何もなくなったわけではない。着地した状態で大きく胸を張る。胸から赤い目が覗いた。あの目だ。テオの命を奪ったあの光線を放つ目が、今度はマルクとキャメロンを標的に据えている。
マルクの狙いはこれだった。
光線系の攻撃はエネルギーの消費量が激しいから、飛行しながらできないはず。
機械獣には決定的な欠陥がある。それは臨機応変に対応ができないということ。今回のそれは、ギガセンテに攻撃を仕掛けた方にしか目を向けず、他の二機を野放しにしたことだ。
二機のフォーグルの首元をミサイルが後ろから貫いた。ミサイルを放ったのは、イーサンとカイルだ。
爆炎が体を包み、二機のフォーグルは完全に活動を停止。だが、それもぬか喜びだった。
ギガセンテが急停止をする。ひしめくように並ぶ節足の隙間からトリムアイズが姿を現した。移動速度の遅いトリムアイズを、なぜいま出したのか。マルクは戦況を俯瞰する。
ギガセンテの前方にレフォルヒューマンの一団が待機している。狙撃ポイントに到達してしまったのだ。
よく見ると、ギガセンテを挟んだ反対側にもトリムアイズがいる。トリムアイズ二機の同時討伐。いくらレフォルヒューマン部隊でも難しいはずだ。
ラガトから通信が入った。
『航空隊はそこから離れろ。レーザー光線の餌食になるぞ』
「我々も戦います。援護くらいにはなるはずです」
まだ戦える。マルクはそう思っていた。しかし、総督が放った言葉にマルクは愕然とするしかなかった。
『だめだ。パウロの西側にフォーグルが出現した。そっちの迎撃に向かってくれ。座標は今送る』
いよいよ決戦の時が来た。ラガトは、インスペクターたちに指示をとばす。
「製造番号若い方の四人に反重力モードを使わせろ。トリムアイズを撃破する」
インスペクターたちの間でどよめきが起こった。彼らはラガトの指示の意味を理解してたからだ。この戦況では、すぐ救助にいけない。殺人光線が降る中に野放しにすることになるのだ。捨て身の特攻を仕掛けるに等しい。いくら兵器と管理者の関係であっても、インスペクターたちはレフォルヒューマンが機械を纏った人間だということを知っている。しかし、トリムアイズノがいては、内部に侵入できない。
「ライアンの到着まであと、どのくらいだ」
「あと二分もすれば、降下ポイントに到着します」
「それまでに蹴りをつける」
ラガトは、直接通信をユーインにとばした。
「ユーイン、聞こえるか」
「はい」
「一番先頭の体節を狙え。屋根の下ぎりぎりだ。そこに制御機器の回路が集中している。タイミングは任せる」
『了解しました』
クレハは、情報端末のモニターに視線を落とし、映し出されている映像を凝視した。レオンが動いている。たった数秒前までじっとしていたのに、浮上式バイクに乗って移動をしていた。
「ラガト総督」
「どうした?」
ラガトが顔を向けたのを見てクレハは口を開く。
「レオンが動きました」
ラガトの表情が一瞬驚きに変わるも、すぐにまた引き締まる。
「動けているのか?」
「はい。バイクの運転をしています。かなり安定しているようです」
「わかった。戦闘に加わることを許可しよう。だが、体内に潜入するのは、ライアンだ。そう伝えてくれ」
クレハは、レオンにもう戦ってほしくなかった。『オレは兵器だ』これが答えである。
レオンは自分のことを人ではなく、兵器として認識している。あれだけ、人の生活がどんなものか伝えたのに、結局は兵器であることを選んでしまった。
昔のレオンもそうだった。あの時、レオンは軍人として死ぬことを選択してしまったのだ。今度もきっとそうだ。レオンは、都市を救うことを第一に、自分の命を第二に行動するだろう。それがレオン・ファーベルクなのだ。
クレハは、レオンにラガトからの指示を伝えた後に続けてこう伝えた。
「私はあなたに死んでほしくない。だから、帰ってくることも考えて」
その返事は、自信なさげな声での『わかった』だった。
ギゼル砲台基地レールガン砲塔操縦室。ユーインは、ギガセンテの背中を捉えていた。奴はトリムアイズ二機を前にだして、レフォルヒューマンの相手をさせている。その後ろで待機している巨躯は完全に停止しており、狙うには簡単すぎる。
ユーインは弾を発射させる。
雷光をまとった弾丸はギガセンテの第一体節の上面に命中した。
ユーインの狙撃が成功しギガセンテのあらゆる機構が停止したと知らされたのは、輸送機の中でのことだった。ライアンは、降下準備を始める。先程、体内から出てきたという二機のトリムアイズも今は、コアを破壊されて停止している。
次に破壊すべきは、ギガセンテの頭にあるアンテナと視覚カメラ。そこを破壊すれば、ギガセンテは方向を見失い動きを制限できる。
ライアンは、窓からギガセンテを見下ろす。身体は完全に動きを停止していた。
しかし突如、ギガセンテの頭部に足が現れる。側面の下の方に折りたたまれていたのか、左右六本の節足が砂を踏みしめる。
ギガセンテが、トリムアイズが倒れたことで、また前進を開始したのだ。中枢回路が破壊されて動かなくなった体を置き去りに、頭だけで前に進む。
仲間のレフォルヒューマンが慌ててワイヤーアンカーを飛ばすのが見えた。だが、アンカーは刺さらない。ギガセンテの頭部は核弾頭でも破壊不可能だ。アンカーはmはじかれて地面に落ちた。
仕方なく仲間たちは、反重力モードを起動させ、側面から近づく。だが、節足に阻まれる。後ろに回ろうにも方向転換をされて、節足にはじき飛ばされる。そうこうしているうちに、パワースーツがキニスゲイアの高熱に耐えられなくなり大破する。地上の仲間のほぼすべてが戦闘不能になった。いま、航空隊もパウロの西側に発生したフォーグルを撃墜に向かっているせいで、頼れない。
ライアンは操縦士に言う。
「ギガセンテの真上につけてくれ。直接降りる」
ライアンはロープを垂らしてギガセンテに降り立った。すぐにキニスゲイアを発動させる。途端にギガセンテは暴れだした。反重力モードのおかげで飛ばされはしないが、立っていられない。ライアンは手をついて這うような姿勢で移動する。
まず、潰すのは目だ。頭部の正面と側面、合わせて四つの目をフォトンブレードで順に潰した。次に頭の上に生えたアンテナまで這って移動し切り飛ばす。これで、ギガセンテは外部から情報を得られなくなった。
だが、そこで、ライアンのスーツもヘッドパーツを残して大破する。
ライアンはあっけなく振り落とされた。砂地に落ちる。落下によるダメージはなかった。だが、近くで節足が地団太を踏むように上下している。
——オレは、ここで死んだか。
そう思ったのも、つかの間。いきなり両脇を抱えられ、その場から引き離された。
しかし、ライアンは妙だと思った。いま、動ける仲間はいただろうか。いないはずだ。じゃあ、誰だ。
「ざまあない。これがお前らの限界か。でも、よくここまで戦ってくれた」
レオンの声だ。レオンは、ライアンをギガセンテから十分に引きはがすとライアンの身体に砂をかける。これで、空からの殺人光線を多少防げる。
「いま、他都市の連中が向かっている。すぐ救助に来るから待ってろ」
ライアンの身体を埋めるとレオンは立ち上がった。
「クレハ。今からギガセンテの頭に侵入する」
ギガセンテは道を見失い、ただその場で制止している。完全に諦めたのだろうか。ただ、まだ罠を仕組まれているような気もする。ライアンは、咄嗟に声をかけた。
「レオン、絶対に戻ってこいよ」
レオンは、一度ライアンを見下ろす。その表情はヘッドパーツに隠れて、わからない。だけど、レオンは頷く。
「必ず」
そう言って後面にある扉へとレオンは駆けていった。
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