5-7
「レオン! レオン!」
クレハの呼びかけに、レオンは弱々しい声で応じた。
『クレハ、大丈夫だ。脳震盪を起こしただけだ。時間が経てば動ける』
管制室内の女性オペレーターが声を上げた。
『ギガセンテ、西北西方向へ移動を開始しました。進路からしてターゲットは間違いなくパウロです』
その声にクレハは、青ざめた。もしも、レオンの今の症状が回復しなければ、どうやってギガセンテを止めるのだろう。レオンはしばらくまともに動けない。
動揺に騒めく管制室にグレゴリーのよくとおる声が響いた。
「航空隊に出撃命令をくだす。目標はギガセンテの討伐。直ちに出撃せよ」
ラガトは、グレゴリーの作戦が悪手だと考えた。グランツェの迎撃でジェームの攻撃がほとんど通らないことが、すでに証明されてしまっている。軽薄な判断は隊の全滅を招く。
「グレゴリー、その出撃命令を棄却する。航空隊を向かわせても無駄死にさせるだけだ」
「じゃあ、どうしろと言うのだ。いま動けるのは、航空隊だけだろう」
「持ち場を与えられていないレフォルヒューマンを向かわせろ」
グレゴリーの眉間のしわが深くなる。
「ついさっき、レオンが簡単に吹き飛ばされたのを見たではないか。レフォルヒューマンでは太刀打ちできない」
「それでも、彼らに頼らざるを得ないのだよ。レオンから送られてきたギガセンテの構造図では、奴のコアは頭節の内部に存在している。内部への侵入は必須だ」
「では、どう対処するのか聞かせてもらおうか」
「ギガセンテの頭節に入れる個所は一か所だけだ。整備用に設けられた扉。体節側と頭部を隔てるそこだけだ。侵入する方法は、体節の上の出入り用のハッチから体節内に侵入し、頭節を目指す。あるいは、いまギガセンテについている体を全壊させて、奴に体を切り捨てさせ、丸見えになった扉から直接頭の中に入る」
「そんなことどうやって」
「レオンが以前第一節を半壊させてくれている。そこに狙いを定めてレールガンで狙撃すれば、切り離させることが出来るかもしれない」
それも一発だけの話だ。ギガセンテも何度も挑戦させてはくれないだろう。
「ここからは私が指揮権を持つ」
ラガトは高々と宣言した。
「ギガセンテの進路上で、もっともギゼル砲台基地と近かくなるのはどこだ」
オペレータの女性が情報端末を操作する。壁面モニターの一部に地図が表示される。ギガセンテの予測進路が赤く示され、ギゼル砲台基地にもっとも近い位置が割り出された。
「残り百二十キロ地点です」
百二十キロか……。
ギガセンテの目からパウロのオゼインシェルターの天辺が見えるかどうか、ぎりぎりの距離だ。ギガセンテは、強力な熱線砲を備えているがゆえ、なるべく近づけたくない。
「百三十キロ地点でも、レールガンによる狙撃は可能か?」
「はい。充分射程圏内に収まっています」
「ギガセンテの移動速度は?」
「時速六〇キロメートルです」
パウロからエーデルまでは二百キロ以上離れている。まだ一時間は余裕がある。
「決まりだ。そこで迎え撃つ」
しかし、問題は、どの隊を配置するかだ。レフォルヒューマンを待機させても、そのままではギガセンテに対しての有効手段がない。出来るとしたら、トリムアイズや、グレイブの対処のみだ。
だからといって航空隊に有効手段があるかといえば、決してそうでもない。
ジェームは、垂直離着陸が出来はするが、一度安定しない砂地に降りてしまったら、再離陸することが難しくなる。以前は前哨基地が付近にあったから待機が出来ていたのだが、そこはこのまえ、フォーグルにすべて破壊されてしまった。
航空隊全機を同じ地点でしかも目立つ位置で滞空させるというのは、かなりのリスクである。
ここで通信が入った。通信をよこしてきたのは航空隊の隊長であるマルクだ。
『総督。俺たちはいつでもいける。どんなにリスクがあったとしても、戦地に赴くのが俺たちの使命だ。最前線で戦うというレフォルヒューマンに盗られた役割を俺たちが担うさ』
仕方がないか。
「航空隊全機は、ギガセンテに向けて飛行を開始しろ。だが、決して近づきすぎるな。二十キロ以上の距離をとれ。奴がフォーグルを放った時のみ、対処しろ」
ギガセンテがオゼインシェルターに四つ目の大穴を開けて出て行ってから、二十分が経った。レオンは、いまだに立ち上がることが出来ず、瓦礫の上で横たえたままだった。
——オレはいったい何をしている。
オゼインシェルターの上の空は砂色に霞んでいた。奴が砂を巻き上げているのだろう。
ギガセンテがパウロを襲いに行くのを、ただ見ていることしかできない。そんな自分が不甲斐ない。
——オレは、ただ彼女を守りたいだけなのに。
まだ終われない。
レオンはうつぶせになる。両手を瓦礫について、四つん這いの姿勢になろうとする。身体が持ち上がると、頭がくらくらした。三半規管がまだくるっているらしい。それでも、レオンは立ち上がる。
『レオン、まだ動かないで。いま、他都市の救援部隊が向かっているからそこで待ってて』
「いらない。オレは、まだ戦える」
立ち上がった体は、思うように動かない。前に歩こうとしても横にふら付く。それでも、体が勝手に歩こうとする。
『そんな状態で何ができるっていうの。お願いだから、無駄死にだけはやめて』
「オレは、兵器だ。戦場で死ぬのが役目だ」
『そんな役目あるわけないじゃない。たとえ、この戦いで何もできなくても、生きていれば、あなたはまた戦える。守るべき命は、まだまだ、たくさんあるんだから。あなたは、易々と死んではいけないの。あなたは人類の希望なのよ』
「それじゃあ、駄目なんだ。オレは、クレハを守りたい。そのためにパウロも守らないといけないんだ」
レオンは、おぼつかない足取りで瓦礫の斜面を下りた。車道に移ったあとも、散乱した瓦礫のせいで思うように進まない。途中で何度も瓦礫の塊に手をついた。
それでも何とかバイクにたどり着く。バイクに跨るも、頻発する眩暈に頭を抱えた。バイクを起動させようとした時、またクレハの声が頭に響いた。
『レオン、待って。行っては駄目』
「クレハ、さっきから言ってるだろ。オレは……」
クレハが遮るように指示する。
『私たちに命令が下ったわ。レオン、あなたは、症状が治まるまでその場で待機。あなたは、戦闘に参加しないで』
「レオンを作戦から外そう。もしここが駄目になったとしても、彼が生きていれば、まだ可能性はある」
グレゴリーが不満気味に尋ねる。
「レオンが外れて、いったい誰がギガセンテに侵入するというのだね」
「ライアンを向かわせるしかないだろう」
「地下駅の防衛はどうするつもりだ。それが狙いの可能性だってあるだろう」
「人だけでも大丈夫だ。軍人になっておいて、ずっと安全圏にいることは許されない。大丈夫だ。人だけでもなんとかなる」
「そうだといいが」
グレゴリーの不安には目もくれずに、ラガトは指示をとばす。
「ライアンを飛行場に向かわせろ。作戦地点に直接送る」
クレハとの通信からさらに十分が経過した。レオンは、バイクの傍で時が流れていくのを感じながら座っている。時がすべて解決してくれるのをただ待つ。待っていたら遅すぎることを知りながら。
この十分の間、レオンはずっと座っていたわけではない。時折立ち上がって自分が動ける状態になったか確かめた。そのたびに絶望した。徐々に回復し歩く時のぎこちなさは解消されてきていた。だが、戦えるほどではない。そもそもバイクに乗れるかどうかも怪しい。
あと、五分経ったらどんな状態でも出よう。
レオンは、静かに横になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます