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 レオンは、地下深く伸びる階段を下りていた。壁面はレンガがびっしりと嵌められ、天井はアーチ状に壁と天井が一帯の造りになっている。かなり古さを感じさせる。

 それもそうか、とレオンは一人納得する。

 人類が再び地上に出てきてから五十年がたっている。それよりもさらに百年以上も前にできたと考えると古さも納得だ。

 階段は、最低限に設置された電球が足元を照らすだけで、あまり奥の方は見えない。幅が狭く常に窮屈さを感じる。空気は湿気を帯び、ひんやりと体にまとわりつく。

 トンネルの素材をセラミックとかセメントにしなかったのは、この通路が何年たっても絶対に塞がれてはいけないものだったからなのかもしれない。古典的だが合理的だ。

 レオンは階段の先を見据える。か細い灯りは、連なる燭台の上の蝋燭の灯のようで、異世界へ誘うようにレオンの意識を地表から切り離していく。この先に待つのは、人類が捨てた街。しかし、シェルターとしての価値はいまだに残っている。

 階段を下りきると大きな空間に出た。照明と呼べる明かりはない。暗闇だけが充満していた。

 レオンはヘッドパーツの前照灯をつける。その場でレオンは目を見張った。

 そこに巨大すぎる空間が広がっていた。

 地下都市。五層からなる地上の全人口を収容可能な巨大シェルター。

 一番上の第一層が生活層。その下の第二層と第三層がインフラ層で、第二層が飲料水のろかや食糧生産を行い、第三層には発電施設が集まる。第四層が食料廃棄物や汚水などを微生物によって分解処理し、肥料などにする循環の層。そして、第五層が情報の層。レオンが向かう目的地だ。

 入口から正面、まっすぐ伸びた通路の両脇には、かつて住居として使われた居住スペースが今も残っている。入口用と窓として開けられた穴があるだけの四角いコンクリートの箱。外界と隔離するものは一切ない。隣家との隙間も一切なく、どこかの物語にあった奴隷の収容所のようにも見えてくる。この時代の人たちは本当に余裕がなかったのだろう。

 しかし、レオンの目をひいたのはそれだけではなかった。中央にそびえる鉄骨の柱だ。まるで神話の世界樹を思わせるほど重厚にそびえている。それだけではない。表面に樹皮を思わせる微細な凸凹があるのだ。

 レオンは、目を凝らす。それは金属の棒だった。複雑に隙間なく束となった金属の棒が幾本も集まって巨大な柱を形成していた。その柱は天蓋まで達した所で周囲へ枝分かれてして天蓋全体を巡っている。まるで樹木の下の方の枝が太陽の光を求めてなるべく遠くへ枝を伸ばすように。その鉄骨の枝は、中心から離れるほど下の方へと降りていく。オゼインシェルターと同じドーム状を形成していた。鉄骨の樹木がこの地下空間を支えているのだ。

 いったい、どうやって人の手でこんなものが造り出せたのか。

 疑問には思うが、それだけだった。目を泳がせている時間はない。

 レオンは駆け足で誰もいなくなった居住エリアを突っ切った。鉄の樹木のふもとまでやってくる。周囲は広場となっており、樹木を囲うように八機のエレベーターが設置されていた。レオンは正面のエレベーターの上向ボタンを押した。モーターが作動し上の滑車がまわり始める。広場にやってきたエレベーターは武骨なものだった。鉄骨の箱に金網を張り巡らせただけのエレベーター。

 スライドフェンスを横にずらして乗り込み下降ボタンを押した。

 エレベーターはレールのつなぎ目を通るたびに、ガタンと大きな音が出た。周囲のグレイブが寄ってこないか心配になりながらもレオンは、最下層につくのを待った。

 情報の層へ降りたレオンは、すぐに走り出す。

 資料館はいくつかあるのがわかっている。レオンが目指すの軍事系の資料館だ。脳にインプットされた地図をヘッドパーツ内の視覚モニターに移しながら通路を進む。それほど多くの建造物があるわけではないため、道はシンプルなつくりだった。そのおかげで目的の資料館は一分も経たずに見えてくる。

 しかし、レオンは足を止めて目を細めた。サポートAIが視覚モニターをズームする。

 建物の壁に何かがもたれかかっている。何かがと思ったのは、それがぴくりとも動かなかったからだ。静寂の暗闇。その中でライトによって映し出されたそれは不気味だった。

 レオンは周囲から物音がしないか耳を立てた。物音はしない。念のためにマイクが音を拾っていないか波形も視覚モニターに表示する。しかし、レオンが動いたときに波形は動くも、それ以外の音はまったく確認がとれない。

 ——警戒しすぎか。

 レオンは塀にもたれかかっている何かに近づく。それが何なのか、おおよその予想はできていた。

 それは死体だった。軍服をまとっていて、体格的に研究員だと思われる。死体は防弾ジャケットを着てはいるが、無意味とすら思えるような貫通孔が死体の胸に開いていた。

 妙だと感じた。地下都市に入ってこられるサイズの機械獣といえばグレイブぐらいしかいない。そのグレイブが装備している程度の機銃では、防弾ジャケットを貫通させることは出来ないはず。

 しかし、それ以上の手掛かりは見つからなかった。時間の無駄だと思い、レオンは、資料館へ急いだ。

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