間章四
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ハンスがラガトの執務室にやってきたのは、つい数分前のことである。いつも端麗にスーツを着こなす彼だが、今回の恰好は詰襟の軍服だ。彼のインスペクターとしての復帰任務は、レオンの地下都市侵入のオペレートである。まだ、作戦開始時刻を過ぎたばかりのだった。作戦報告に繰る時間としては早すぎる。となれば異常事態でも起きたか。
ハンスは、走ってきたのか肩で息をしていた。汗ばむ額に前髪が引っ付いている。
そして、息を荒げながら放たれた彼の第一声がこうだった。
「レオンとの通信が途絶えました」
しばらくの間、ラガトは沈黙する。レオン・ファーベルクは我が軍がほこる最強のレフォルヒューマンだ。簡単に死ぬことは許されない。
そのレオンが通信途絶しただと。あってはならないことだ。
「ジャミングか?」
「まだわかりません」
「まえの報告では、捜索隊との通信が途絶したのは、地下都市に侵入してからだいぶ時間が経ってからだ。しかし、今回は侵入して間もないだろ。レオンが死んだとは考えずらい」
「ええ、通信が途絶えたのは、レオンが地下駅から地下都市への進入路に入ってからすぐでした。私も現時点でレオンが死んだとは考えていません」
「なら、通信が途絶えたのは、地下都市に到達する前で間違いなさそうか?」
「ええ」
「なら、ジャミングはなさそうだな。地下深くからの妨害電波が地上付近まで届くとは考えにくい」
「通信用のケーブルが切断されたのではないでしょうか。それなら、地下深くまでに潜らなくても、駅のケーブルを切るだけで済みます」
「それは、そうなのだろう。だが、奴らの目的はいったいなんだ? そこまで執拗に妨害する必要があるのか」
「わかりかねます。しかし、レオンが危険にさらされているのは事実。すぐに援軍を送りましょう」
ラガトもそうしたい思いは山々だった。しかし、どうしても、あれの影を感じてしまう。
「できない。私は事態がそんなに単純なものだと思っていない。これは罠だ」
「なにを言っているのですか。レオンを失えば、パウロの防衛力は大幅に低下する」
「それでも、それ以上の被害が出る可能性も考えなくてはならない。今回の件は確実にギガセンテが関与している。のこのこ情報を拾いに行った人間を襲おうと考えているのだろう」
「だからレオンがやられてしまう前に応援を……」
「それすらも罠だったらどうする?」
「地下に援軍を送り込むとしたら、我々は何を送り込む。連携の取りやすいレフォルヒューマンだろ。しかし、それで地上に隙が生まれてしまう。もしもそれが狙いだったとしたら」
ハンスは、納得がいかないと言いたげにラガトを見下ろす。しかし、ラガトも今回の事案をギガセンテの存在を切り離して考えることは出来ない。慎重に事を進めたかった。
「レオンが地下駅を発ってからどのくらい経過した?」
「既に十分ほどは」
「なら、もう少しだけ様子を見よう」
ハンスは不服そうに押し黙った。納得のいかない心を落ち着けるためなのか、ある質問をする。
「そもそも、なぜ調査が進んでいなかったのですか。機械獣の情報収集は最優先事項のはず」
「ここまで、調査が進んでこなかったことに私も後悔している。地上に出たばかりの人たちは、地下に機械獣の情報が眠っていたことを知らなかった。百年前に持ち込まれたトップシークレットの情報だ。一般人はおろか、軍人でも一部の人間しか知らなかっただろう。一部の人間だけが情報を握ったまま、地下での百年が過ぎ、その間に情報を持っていた人間は死亡した。情報の影を、時の経過が薄めてしまったのだ。アルテミアと同じだよ。我々は、機械獣に対して噂程度の情報しか持たなかった。地下都市の捜索が始まったのは、近年でおよそ十年前だ。それもレフォルヒュ―マンが開発されたのが大きかった。だが、調査はグレイブの妨害により幾度も中止された。それでも定期的に派遣はしていたんだ。そして五年前、我々はようやく資料館を発見し、中に保存されているデータを持ち出せるようになったのだ。しかし、その時もグレイブによる襲撃があって、持ち帰れたのはたったの三つ。トリムアイズ、フォーグル、グレイブの情報だけだった。だが、名前だけなら他のも収集ができていたのだ。そのうちの一つに、〈ギガセンテ〉があったのだよ」
「そういえば、エーデルの襲撃があったのが五年前だったはずですよね。それまでに滅ぼされた都市からも報告はなかったはず。なぜ、その名がギガセンテの物だと分かったんですか」
「古代の言葉でギガは巨人を表す。そして旧世界のムカデを表す言葉にセンテピートというものがある。もうわかるだろ」
ハンスは、黙ったまま頷く。ラガトは続けた。
「五年前、ギガセンテがエーデルを襲撃してから機械獣の侵攻が急激に増えた。あれが関与しているのは間違いない。そしてそろそろ大詰めがくるのは間違いないだろう。我々は首都であるパウロを失うわけにはいかないのだ。ここがやられれば、人類は間違いなく世界から敗退する」
そのとき、警報が鳴り響いた。機械獣の接近を知らせるものではない。そもそも基地内の音ではなかった。警報は街から聞こえてきている。恐怖心を煽り立てる音が幾重にも反響して街中に響き渡っているのだ。
「まだ早いな。しびれをきらしたか。それとも、もともと、レオンだけを地下におびき寄せるつもりだったか。どちらにせよだな」
向こうが動き出したのなら、こちらも動くしかない。
「地上にいるやつには、地上にいるやつの役目がある。必ず守り通すぞ」
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