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資料館は地下都市の重要施設であってもその見た目は、他の建物と大して変わらない。打ちっぱなしコンクリートの直方体。三階建てで地上の建物と同じように窓がある。地下都市の他の建物と違うところがあるとするならば、一般人の侵入を防ぐために、窓にはちゃんとガラスが嵌められていることだろう。他にあるとすれば、エントランスに、ガラスのスライドドアが設置されていたことだが。
もう、そのドアはドアとしての役割を果たしていない。前の調査段階で撤去されてしまったのだ。今は誰でも自由に入ることが出来る。
レオンはエントランスをくぐった。
目的の部屋がある二階を目指す。
資料館の解析が進んでいない理由は、グレイブがまれに侵入できてしまうことが大きい。地下都市への入り口はどの都市も同じで地下鉄駅にある。そして、地下鉄道は、レトリア連邦内の全都市と繫がっており、その中には機械獣に奪われた都市も存在している。つまり、地下を通ればグレイブ程度の大きさの機械獣はどの都市にも侵入できるのだ。
そのため、常時線路は遮蔽扉で封鎖されている。だがごくまれに、輸送列車に引っ付いて侵入してくる個体がいる。そいつが人間に気づかれないように駅に潜み、捜査員の出入りを見計らって地下都市に入り込むことがある。
さっきの遺体もそういった個体にやられたのだろう。気の毒に。
ただ、ここ最近捜査員が地下都市に入ったのは一回だけだ。その捜査員がやられたということは、同タイミングで入ってきたか、かなり前の調査の時に侵入してきたことになる。前者はともかく、後者はほぼありえない。
なぜなら、軍は定期的にレフォルヒューマンを地下に送っているからだ。グレイブが潜んでいないか、くまなく操作するので、潜んでいた場合でも、ほとんどのグレイブは討伐される。
つまり、さっきの調査員をやったのは、同時期に侵入してきた個体だ。しかし、なぜレフォルヒューマンがいながら全滅をした。
レオンは階段を上った先で足を止めた。
いやな予感がする。
なぜ自分は、不用心にここへきてしまったのだろう。なぜ他の出入り口を調べなかったのだろうか。
地下都市への入り口は三か所ある。そのどれもが地下鉄駅と繫がっているがそれぞれ二百メートルほど離れている。二か所は南北に延びる駅の両端。そして、三つ目が駅のほぼ中心にある。入ってきた真ん中の入り口に異変がなくても、他に何か異常があったのかもしれない。
地上のやつらに調査を頼むか。
レオンは、ハンスと通信をつなごうとした。しかし、スピーカーはピーヒョロロと不協和音を響かせるだけで、向こうと繫がらない。
ジャミングされたか。それとも……。
通信ケーブルの切断か。
おそらく、捜査隊はこの異常に気付いていた。それで捜査を中止し地上へ戻ろうとしたはずだ。しかし、彼らは戻ってこなかった。だが、それ以上はなにもわからない。いまの情報では真相にたどり着けない。
進むしかない。
レオンは、インプットされた地図を頼りに目的の部屋を見つけた。
扉横のパネルに『機械獣』と表記されている部屋だ。
扉の傍らに操作盤も設置されている。しかし、残念なことにその扉も他者の侵入を防ぐという目的を果たせない状態である。フォトンブレードによって施錠する機構は破壊されてしまっている。
レオンは片手で扉を押した。それだけで、扉は滑らかに開く。中に入ると、部屋には、腰ほどの高さの白箱が等間隔に設置されていた。研究員は記録箱と呼んでいる。縦列四、横列五の計二十。その一つ一つに銀色のプレートが貼られていて、そこに機械獣の名前が彫られていた。
『GIGACENTE』目的の機械獣の名前を見つけると、レオンは腹部から接続用のコードを引っ張り出して記録箱とつないだ。
解析方法は、前に回収されたデータと変わらない。AIが高速で暗号を解析し、すぐ情報を閲覧できるようになった。
…
〈ギガセンテ〉〈超大型生産兵器〉〈モチーフ、ムカデ〉
機械獣の生産機構を備えた超大型機械獣。高さ三〇メートル。体長八〇〇メートル。その大きさのため、海を越えた輸送は想定されておらず、大陸内戦争や、防衛兵器として戦時に活躍した。
一つの体節の長さは五〇メートルであり、一個体で頭部節含む一六個の体節を持つ。脚の本数は一つの体節につき、六本であり、頭部節にも予備の足がついている。
体節にはそれぞれ役割がふられており、主にミサイルや焼夷弾などの保管庫としての役割、製造した機械獣の格納庫、機械獣を生産する工場としての役割がある。機械獣の製造はいくつかの決まった工程を役割分担し、一つの機械獣を作り上げる分担製造方式ではなく、数本のロボットーアームが一からパーツをくみ上げる単一製造方式を採っている。そのため、機械獣のパーツを自由に組み替えることが可能であり、柔軟な攻防が可能である。
コアは頭内部におかれ、外部からの破壊は不可能である。体節はそれぞれ自動での切り離しが可能であり、頭のみで動くことも可能である。
ギガセンテの身体は大きすぎるため、全ての体節に機血を循環させることは不可能である。そのため、機血は先頭四節の固定ユニットだけを循環し、それより後ろは、バッテリーによる駆動である。最大の武器は頭部節に設置された熱線砲だ。融解可能な物のほとんどを破壊可能。戦時中、進軍してきた敵の軍艦を百隻以上沈めた。
防衛力の高さ、採りえる戦術の多さから最恐最悪の兵器と呼ばれた。
…
情報をメモリに保存。他の記録箱の情報も採るか一瞬迷った。この並んでいる箱それぞれに機械獣の情報が眠っている。言い換えれば、箱の数だけ、機械獣には種類があるということだ。いま、わかっているだけでも、五種。まだ未知の機械獣が十五種もいるのだ。
しかし、それは叶わなかった。足音が聞こえてレオンは入口に振り向いた。
一機のグレイブが部屋へと入ってくる。
——やはり、潜んでいたか。
しかし、グレイブの見た目は、今まで見てきた個体とは明らかに違う箇所がある。腰から上に一本のアームが伸びているのだ。三つの関節を経由してそのアームはグレイブの頭上を越え、先端には棒状のものを付けている。ジュっと空気の焼ける音がしてそこから光の刃が出現した。
レオンは、記憶箱とつないでいたコードをフォトンブレ―ドで切断すると、構える。
目の前のグレイブの動向を見ながら、周囲の物音にも目を向ける。遠くからの音はない。どうやら単独で乗り込んできたらしい。
「仲間はいったいどこにいるんだ?」
訊いても答えることはしない。代わりにグレイブは獣のような唸り声をあげた。
——待っていても仕方がない。
レオンは床を蹴った。
光の刃が交差し、部屋中に閃光がはしった。
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