第3話
僕の住む高知市駅前町から高校までは、路面電車で約50分ほどかかった。
「鏡川橋」という電停で降り、学校まで徒歩で10分、校舎は正面玄関からのスロープを登った先に小高くそびえ立っていた。昔は深い森でもあったのだろうか?学校のすぐ裏には嶺が連なるような山々があり、野球部の専用球場はその山のひとつを崩して作られていた。
ソフト部はなにもかもが別格の野球部とは違い、サッカー部とラグビー部とでグラウンドを分け合い練習していた。そうは言っても3つのクラブが同時に練習が出来るほど、市商のグラウンドは広かった。
僕は母が買ってくれる道具を心待ちにしながら、毎日放課後になると電停までの帰りに、長いアーチの陸橋のてっぺんに立ち、ソフト部の練習を見るのが日課になった。
思えば、中学の時の僕も毎朝、野球部の練習をバックネット裏で見ていた。
ブルペンでのエースの投球練習のスピードに震え、フリーバッティングで、左バッターの先輩が放つ、柵越え連発のホームランに強い憧れを持った。
母親に無理を言えば、あの時野球部に入ることは出来たはずなのに、僕はそれをしなかった。やりたい事にストレートに一歩踏み出す行動力や、主体性みたいなものが僕には欠けていた。
ソフト部の練習は、まず一年生が部室からバットケースや、ボール、ベースといった練習用具を持って、かけ足でグラウンドにやって来る。次に二年生がゆっくり歩いてやって来る。手には自分のグローブだけを持って。
グラウンドでは、先に来た一年生があいさつする。
「ちわーーーー!」一年生全員が大声でえらく語尾を伸ばすことに少しびっくりした。
最後に三年生が、二年生よりもさらにゆーっくりと、談笑しながらやって来る。手ぶらだ。
「ちわーーーーー!!」今度は二年生も一緒にあいさつをするので、さらに大きな声となる。放課後のグラウンドの一瞬の静寂は、ソフト部のひときわ大きなあいさつでかき消された。
市商のクラブ活動には完全なるヒエラルキーが存在していて、入部を待つ僕には、同じクラスの森川や武田、そして沖本やそのほかのクラブに属するみんなの行動が、僕がこれまで経験してこなかった類いのものだと日を追うごとに分かってきた。
校内で先輩とすれ違う時は、直立不動であいさつをする。一階にある一年生の教室を上級生がまとめて移動する時などは大変である。男子ばかりか、女子も加わってのあいさつ合戦である。
体育会系だけじゃなく、文化系クラブにもヒエラルキーはあって、あらゆる言い方のあいさつが、まるでジャングルにいるかのごとく開始される。
「こんちわ〜」「ちわっす!」
「ちわ!」「んちわー!」僕はこの光景を見る度に、いつも少しだけ笑いをこらえていた。特に女子硬式テニス部の、鼻にかかった「くんちわ〜!」は僕のツボだった。どう聞いてもくんちわーに聞こえて、可笑しかった。
あと、森川のあいさつが他の誰よりも声が大きく、語尾を伸ばすのが気になって仕方なかった。
沖本に聞いたら、市商では三年生は神様、二年生は平民で、一年生は奴隷だと言った。とにかく一年生は何から何まで上級生のために尽くすのが、この学校の伝統だと言うのだ。
入部が遅れた僕には沖本の言葉を理解しつつも、今ひとつピンときてない所もあった。のちにこの時の僕の気持ちは入部後の洗礼を浴びることで、一笑に付されることとなるのだった。
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