第4話

森川からは、入部するにあたって用意する物を聞き出した。僕の質問に森川はいつもの訝しげな顔をしながら、それでも詳しく答えてくれた。

ユニフォームは必ず綿を買うこと。ニットや半ニットは三年生が引退してかららしい。グローブは軟式用かソフト用にすること、間違っても野球部が使うような硬式用は買ってはいけない。

これは単体で3万から4万したので、はなから無理だったが。スパイクは黒のみ、華美な装飾のものはアウト。白の3本線や赤や黄色のラインもご法度。

バッティンググローブなどはもってのほか。一年生は無論素手である。

スポーツバッグは白か黒。青や赤の派手な色はNGだった。

森川の話を聞いていると、沖本に聞いた「一年生は奴隷」という言葉が甦った。奴隷は決して目立ってはいけない。派手なものは身につけてはいけないのである。出来るだけ質素に最低限の装備で臨まなければいけないということを、僕はそんなものなんだという感じで、割と軽く受け止めていた。


5月に入り、母は約束通り僕にお金をくれた。僕は森川から聞いた通りの道具を京町にあるアライスポーツで揃えた。買って来た全て真っさらな道具を前に僕の心は、小学校の時の遠足の前の日のようにワクワクしていた。


入部の前日も僕はいつものように放課後になると、陸橋の上からソフト部の練習を見ていた。1ヶ月も毎日陸橋から見ていたせいで、僕の存在はソフト部でちょっとした話題になっていたらしく、練習の合間に二年生らしい一人が、陸橋に近づいて来て僕に声をかけた。

「おーい、お前一年生やろ?いっつもそこで見ゆうけんど、ソフト部入る気あるがか?あるがやったら、今から練習するかや。ジャージばぁ持っちゅうろ?」思いがけない誘いだった。グラウンドのみんなは僕に注目していた。

中にはユニフォームに身を包んだ森川もいた。

体育のジャージを持っていた僕は、一瞬二年生からの誘いに応えようとも思ったが、買ったばかりのユニフォームが頭をよぎり、

「いや、明日来るき!今日はえいわ!」と僕はあろうことか二年生に対してタメ口で返事をしたのだった。

中学でクラブに入ってなかったし、そもそも年上の人に敬語を使うという概念が僕には薄かった。

あれだけ森川や沖本にクラブの事について、聞いていたのにである。

グラウンドでは僕のタメ口に、一瞬変な静寂が生まれた。

「お、おう。分かった。ほんなら明日待ちゆうぞ!」声をかけて来た二年生がそう言った。

朝はさわやかに晴れていたが、いつのまにかどす黒い雲がグラウンドを覆っていた。

まるで翌日から始まる僕にとっての地獄の日々を暗示するかのように…

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