第4話二回目の人生とロイ


 なんてことは無いタイムリープだった。別に装置を使うでもなければ、時空が歪んだわけでもない。ただ、寝て起きたら元の時間に戻っていた。

意識だけが戻る事について調べたらタイムリープと言うことがわかった。

 

 だけど、人生そんなに上手くいかない事を知った。


 四月一日。

私は初めて教室に足を踏み入れる。今度の自己紹介はホワイトボードには書かないで自分の口で言ってみた。


「 私の名前は森口愛です」

 

 続けて、ポケットホンヤクが英語を喋ってくれる。こう言う事もあろうかとお母さんにピアノの代わりに翻訳機を買って欲しいとお願いしたのだ。

 

 そのお陰か、初めて皆が喋りかけてくれた。

 

 しかし一週間もすると、翻訳機の興味が失せたのか私の周りに人はいなくなってしまった。同じ人間なのにどうして心が通じ合えないんだろうと、私は言葉の壁が高い事を実感した。


 幸い、まだ酷いいじめにはなってはいない。英語さえ覚えれば虐められはしないんじゃ無いかと思った。


 どうしたら英語を覚えられるんだろう。私が悩んでいると、後ろから声をかける人がいた。


 声のする方を振り返ると、そこには車椅子に乗った男の子が困ったように私を見つめていた。私はどこかでみたことのある顔に思いを馳せた。そして一つの答えに辿り着く。この子、学芸会の映像作品で見た病気の子だ。


 私と目が合うと、その子は続けて英語で話出す。やはり何を言っているか聞き取れないが一箇所だけ聞き慣れたフレーズが聞こえてきた。


「〜〜〜プッシュ〜〜・・・!」


 押す?辺りを見渡すとその子の近くに自動販売機があった。日本とは違い、海外では室内に設置されてることが多い自販機。私は自販機の前に立ちもう一度その子の言葉を聞こうと知っている英語を喋った。


「ほ、ホワッツ?」


 男の子が話す内容をもう一度聞き、次はコークと部分的に聞こえて来た。この単語は知っている、コーラのことだ。私もコンビニでコーラを買おうとした時にコーク?と何度も店員さんに聞かれた事があるから理解できた。


 私は恐る恐る自販機のボタンを押す。

本当に正しいか自信がなく、何度も男の子に振り返り歪な笑顔を向け確認した。


ピッ


 コーラを男の子に手渡すと、彼は口角をあげ微笑んだ。


「テンキュー!」


久しぶりにお母さん以外の人と会話が成立した事が嬉しくて、ホッとしてしまう。その瞬間、私の目から涙がこぼれ落ちてしまった。シクシクと泣いていると日本語がどこからともなく聞こえてきた。


「もし良ければ、話を聞かせてください」


 驚いて顔を見上げると、そこにはまだ車椅子の男の子がいてくれていた。

彼はポケットホンヤク機を持っていて、私に差し出した。私のポケットに入れてあった翻訳機が無いことから察すると拾ってくれたんだと確信した。


 私は拾ってくれたことを感謝し、この男の子に話そうか迷った。

すると男の子は翻訳機を受け取らない私に対してもう一度翻訳機を使い、私にある言葉を告げた。


「貴方が私のクラスに来た転校生ってことは知っていますよ、森口愛。

愛って名前の意味を調べてみたら、AIではなくLOVEなんだね。とてもいい名前だと思います。」


 優しい言葉に私は心が温かなくなるのを感じ、私はこの子と喋ってみたいと思った。でもそれは翻訳機の敬語を使った会話ではなくて・・・。


 この子と本心で喋りたいと思ったから。


「私に英語を教えて!」


 私はこの男の子、ロイがもうこの世にいなくなる日まで彼に沢山の事を教えてもらう事になる。


 学芸会は七月一日。

ロイが亡くなったのはその三日前の出来事だった。

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