第2話10代のあの頃とピアノ

 二〇二三年四月。

十年前のあの日、私はまだ10代の女の子だった。

その日は海外に来て初めての登校日で、どこかふわふわとした気持ちに溢れていた。教室の前に立ち入ろうかどうしようか迷う。


 だって私はまだ英語が話せなかったから。だから友達ができるか心配だった、そんな様子を見かねてデイヴィス先生は私の背中を優しく押してくれて。ようやく教室に入ることができた。


 先生は英語で生徒に対して、私が来た事を告げる。恐らくそんな事を言っているんだろう。私は自分の名前をローマ字でホワイトボードに大きく書いた。しかし、思っていた反応とは別でクスクスと笑っている子がいた。今にして思えばアイという名前が変だったのだろう。おまけにヤジを飛ばす男子もいた。


 私は何故か恥ずかしくて恥ずかしくて、逃げたい気持ちでいっぱいになった。


 学校が始まると、私に声を掛けてくる子はいなかった。さらに授業も英語だらけで着いていけなかった。人生そんなに甘く無いと言うべきだろうか。私はその日は午前中で帰ってしまった。


 勉強なら家でやるしかない。そう思って参考書を開いては閉じを繰り返し、分からない事が解ってしまった。だからと言って学校じゃあ何を言っているかわからない。その時の私は何をしたらいいかの選択肢が多すぎてワケがわからなくなっていたんだと思う。


 お母さんが家に帰ってきて、学校から連絡があったと。今日学校をサボったことがバレてしまった。お母さんは怒る事もせず少し悩んだ後、こんな提案をしてくれた。


「じゃあピアノを買ってあげる」

「ピアノ?」


 お母さんはニヤリと悪戯な笑みを私に向けると、私をぎゅううと抱きしめてこう言った。


「音楽は世界共通って言うでしょう?

言葉が通じなくても友達ができるんじゃ無いかと思って。」


 私は小さい目を大きく見開き、今朝のしょぼくれた心が、またわくわくするのを感じた。ピアノの練習に励むことに決めた私は、その日から毎日、学校がわったら家に帰って練習することを決めていた。

学校には毎日通った。最後まで学校に残る事がお母さんとの約束だったからだ。


 ピアノを覚えたら、皆に発表して、凄いって言われるのかなとか。その時には英語も覚えて皆でバンド組んじゃったりしてなど楽しい想像が膨らんでいた。


 だけど、その想像は一瞬で砕け散った。

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