時空超常奇譚4其ノ壱.  超短戯話/街のルールを守りましょう

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚4其ノ壱  超短戯話/街のルールを守りましょう

超短戯話/街のルールを守りましょう

 他人の身勝手や我儘が気に掛かる事など、きっと街に溢れているに違いない。深夜の駅前ロータリーから街道を我が物顔で走っている暴走族のお兄ちゃん程ではなくとも、随分と嫌な気分になる事も決して珍しくはない。それは顕かに非常識ではあるものの、結構その線引きは難しい。

 歩きたばこで小児とすれ違うのも、歩道を自転車で疾走するのも、本人にしてみれば罪の意識は限りなく薄いかも知れない。責めて学習くらいはした方がいい。自分で経験した嫌な事はしない。そんな簡単な事で世の中はもう少し生き易くなる。

「皆さん、私は思いやりのある美しい社会の実現を目指しています。他人にされた迷惑行為は自らは決してしない、そんなちょっとした各人の優しさが素晴らしい街を、国を創っていくのです。○○党の△△に清き一票をお願いします」

 早朝の住宅街で、選挙カーの中からそんな事を大音量で宣う声が聞えた。清き一票を絶対に入れません。

 近所のアパートで独り暮らすお婆さんは、隣のマンションの敷地で野良猫にエサを与を続けていた。最初は一匹だった野良猫が呼んで来たのか、そこら中から集まって来た猫がエサ欲しさに居付き、マンションは野良猫の住み処になった。

「小さな子供がいるから危ない」

「野良猫を保健所で何とかしてほしい」

 マンションの住民は口々にそう叫んだが、お婆さんは聞く耳を持たなかった。

「条例で野良猫の餌やりは禁止されています。子供さんが野良猫に引っ掻かれたという事故も発生しています。もし大事に至る事にでもなったら大変です、街のルールを守ってください」

 近所の住民の一人が優しくお婆さんに諭したが、婆さんは悪びれる事もなく感情的に言い返した。

「野良猫にだって生きる権利がある。危なけりゃ自分達で防ぐ努力をしろ、危ないから排除するという考え方こそ間違っている。そもそも猫が嫌ならお前等が引っ越せばいいじゃないか。そんな理屈もわからないのか、クズめ」

 お婆さんは、そう言ってせっせと野良猫の世話をしたが、決して自分のアパートで飼う事はなかった。

 ある日、お婆さんのアパートの隣の部屋に〇〇組の事務所が出来た。婆さんは毎日狂ったように警察署に苦情を言い続けた。

「私のような年老いた弱者の隣にヤクザがいると、いつ何が起こるかわからない。危険だから、ヤクザにアパートから出て行くように何故厳しく指導しないんだ。警察の怠慢だ」

 お婆さんは担当の警察官に喰って掛からんばかりに怒鳴り散らした。ところが警察官は慣れた様子で事務的に答えた。

「わかりました、定期的に巡回するようにしましょう」

「そんなんじゃ生温い。ヤクザなんか暴対法で直ぐ逮捕しろ、署長出て来い」

 警察官は喚き散らすお婆さんに困り果てた。その時、警察署の奥から署長と呼ばれるどこかで見たような男が出て来た。マンションでお婆さんに諭した男だった。

「お前が署長だったのか、それならそれでいい。一日も早くヤクザを追い出せ、役立たずのクズめ」

 警察署長がお婆さんに反論した。

「そうはいきません、ヤクザにも住民として生きる権利があります。我々は市民の安全の為の対応は行いますが、危なければ自分で防ぐ努力も必要です。排除すれば良いという考え方だけでは解決にはなりません。それでも危ないと思われるのでしたら、自ら引っ越される事も考えては如何でしょうか?」

 男がにやりと口端を上げると、お婆さんは苦虫を噛み潰したような顔で悔しそうに警察署を出て行った。

 ある日、いつものように婆さんが野良猫にエサを与えていると、突然アパートで発砲事件が起きた。幸い、発砲事件での死傷者は出なかったが、拳銃の弾が窓ガラスを破り、驚いた猫が婆さんの顔を引っ掻いた。

 数日後、引っ掻かれた婆さんは、傷から入った破傷風菌が原因で死の床に付いていた。遂にその時が来ると、婆さんが言った。

『街のルールを守れない奴は、クズだ』


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