稚内が『脳ミソ食べ食べアイランド』を書いて一月が経った。


 自慢のネタだが、テレビでは流せぬので自称『コア』なファンが多いライブで披露すると、評判は上々であった。

 彼らは兎角とかく考えるのが好きで、意味のないネタに意味を見出して評価などしてくれるため、それを聞くと稚内は、なんだか自分まで賢くなったようで気分がよかった。


 ライブの収入で、彼は一路サッポロへ。

 海産物と地酒をたらふく食ろうて、ススキノでウフアハ楽しみ、また酒を飲んでチェックイン。そこにダメ押しのホテヘルを呼んだが、嬢が来るまでに寝入ってしまわれた。


 ぴんぽん。

  ぴんぽん。

 

 軽快チャイム。


「がああっ! 誰やねんこんな時間に!! ……あれ。ここ北海道か。てことは、ムホホ、嬢ちゃんが来とるんやね。寝てもうた、申し訳ないわ」


 稚内は足を忍ばせ、ドアスコープで向こうを覗く。こういう時に態度が悪い嬢は、チェンジせず叱り飛ばすのだ。


 だがスコープは曇っており、嬢の姿がよく見えない。それに、そいつは低い声で何か呟いているようだ。


「…んで……を……った」


 ひどくしわがれて、女の声には聞こえない。稚内の心臓に冷たいものが差して、酔いが急速に冷めていく。


「だ、誰やっ、お前っ。ここ、ホテルやぞっ、いつでも人、呼べんねんぞ」


 稚内が大声を出すと、ドア向こうのそれも声を荒げた。


「答えろっ、稚内っ! どうして、どうして俺なんかを作ったんだ! あんな意味の分からない島をっ、お前はっ、お前の判断でこんな大量の人生と命を踏みにじって、本当に、それで良いとでも、思っているのかっ!!」

 

 稚内は、本当に気の狂った奴が現れたと感じた。こいつの言い分に何も覚えがない。

 こんなのを通すフロントはどうかしているので苦情を入れるが、まずもって重要なのは、こいつに舐められないことだ。


「知らんがなっ、カスっ! 警察呼ぶぞ。というかもう呼んでるわ、ボケッ! 死ねっ!」

「死ぬのはおまえだっ!!」


 ガチャッ。


 妙な音が鳴った。

 鍵ではない。

 もっと複雑な機構を有した器具を、強く引き込む音だ。


「稚内っ! おまえが作った銃が、おまえが作ったこの俺が……」

「何、銃?! アホ抜かせ、カスっ! お、おまお前、ホンマにやばいぞっ!!」

「今からおまえを殺すのだっ!!」


 ――この時。

 稚内は、この時、自分が採った行動の、その意図を、生涯に渡り説明できなかった。

 逃げるための腰が抜け、進退窮まった稚内は、思わず、目の前のドアに全体重を乗せ、そのドアノブを捩じり、こじ開けたのである。そして、大いに怒鳴った。


「くらあああああああああああああああああッ!! 舐めとったらアカンどッ!! 北海道のキチガイモンがッ!! ぶっ殺すッ!!」


 バタンッ!


 ドアが一杯に開き、壁に激突する寸前で軋む。

 そこに、人影はなかった。


 慌てて飛び出した他の利用者たちは、そこでお笑い芸人を目撃し、かつ一人で怒鳴り散らすヤバイ人が彼だったことを知って、二重の衝撃でふるえた。


「…………あれ。なんや、酒、飲み過ぎたんかな」

「あの~、人妻母乳クラブの者なんですが」


 横から指名した嬢が現れると、稚内の脳は瞬時に切り替わり、「お、ナイスバデやね」など言って、ドアの前にいた男を思い出すことは二度となかった。


 ――1時間後。


 清掃中のホテルマンは、稚内の部屋の前に散らばる少量の塩を見つけ、ただちにチリ取りで清掃。満足げに通路を後にした。


 稚内は、それから死ぬまでテレビに出続け、やがて大御所として国民に親しまれながらも、86歳で安らかに逝去した。


 大往生であった。

 めでたし、めでたしであった。

 彼の全身を蝕んだ悪性腫瘍はいずれも円形で、その直径が12.7㎜――すなわち50口径であった。

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誰もいない森で折れたヤシの木 羽暮/はぐれ @tonnura123

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