回想 -AD.2007-08-08
夏休みも中盤に差し掛かろうと言うこの時期だが今日は登校日である。
俺はホームルーム後もなんとなく校内を散策していた。
ふと窓から少し身体を乗り出し校庭を見ると、陸上部が練習をしている。
数人が横一列に並び走る。つまりは100m走の練習中だった。
俺はぼんやりと陸上部の練習を眺めていたのだが、ふと一人の生徒に目が留まる。
スタートの号令と同時に走り出す女子の中で、一人が一気に加速する。
その後も速度を落とさず飛び越えながらゴールへ突き進む。
その少女は独走で文句なしの1着だった。
「すげーな。ナル! ぶっちぎりで1位じゃないか。」
俺は思わず少女に声をかけていた。
それに気がついた成瀬ナルは俺の方へVサインと一緒に満面の笑顔を向けてきた。
俺とナルは元々お隣さん同士、つまりは幼馴染みってヤツだった。
しかし世にあるずっと一緒の学校に通っていたとかではない。
ナルの親父さんはいわゆる転勤族であったため、小学校に上がる頃に成瀬一家は引っ越ししてしまった。
その後、俺たちが直接連絡取ることは無かったが、転機が訪れたのは高校入学の頃だった。
ナルの家族は娘が高校に入るのを機に定住できるようにこの街へ帰ってきたのだった。
だけど、以前とは若干離れたところに引っ越してきた為、俺はナルが戻ってきていた事を知らずにいた。
俺がナルと再会したのは高校に入学した日だった。初登校日に校庭で俺は後ろから肩を叩かれた。
振り向くと見知らぬ女の子が立っていた。
「えっと、……どちら様?」
俺は思わずつっけんどんな口調で質問していたが、内心ドキドキものだった。
なにせ、知らないかわいい子が親しそうな笑みを浮かべて俺を呼び止めてたのだから。
俺の質問を聞いた女の子はみるみると顔を赤くしていく。
地雷でも踏んで怒らせたか?
「わたしの事、覚えていないの?幼稚園まで一緒だったのに!」
「え?えっと、もしかしてナルなのか?」
俺は目の前の女の子がナルであることに思い至った。
「髪形がさ昔と違っていたんで、わからなかったんだよ。」
今思えば最悪の返しだったが当時の俺としては、本当にこれだった。
10年前のナルといえば髪形を常にツーサイドアップにしていた。
そのため、俺は『ナル=ツーサイドアップ』と刷り込まれていた。
我ながら幼い頃の刷り込みとは恐ろしいものだ。
「……わたしの事は髪形で見分けていたのか!!」
俺の回答にナルがいきなり食って掛かってきた。
とっさのことで俺はバランスを崩したため、ナルが俺を押し倒した様に見えた。
以来俺たちは『入学初日に押し倒した女と押し倒された男』として周囲に認知されることになった。
そのこともあり、俺たちは付き合っていると思われることがあるが、そんな事は無い。
むしろナルは陸上部の先輩と付き合っていたはずだ。
「どお?ちょっと一緒に走ってみない?」
ナルが俺に話しかけてくる。
別に俺は足が早い訳ではないのだが、ナルはよく俺を陸上部に勧誘してくるのだが、俺の回答は決まっている。
「悪いがパース!」
自分が掛けているサングラスを指さしながら答える。
俺の瞳は色素が薄い。
典型的な日本人顔なのに目だけが薄い蒼であるため、周囲からは奇異なものの様に扱われてきた。
そのため、今は学校の許可を得てサングラスをかけて登校している。
運動部に入らないのはこのサングラスを外したくないからというのもあった。
そんな事を考えているとナルが改めて俺に話しかけてくる。
「じゃあさあ夕方、買い物に付き合ってよ!」
そう言う態度が付き合っていると勘違いされるのではと思いつつも、何を買いに行くのか問い返す。
「夕飯の具材とかー!今日はお母さん遅いから代わりに買い物に行くだけー。」
「分かった。」
俺も二つ返事で了承を伝えると、ナルはサムズアップを返した。
そして踵を返すと部活仲間の元へと走っていった。
部活中のため、ポニーテールにまとめたナルの髪が、足を踏み込むたびにぴょこぴょこと揺れていた。
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