その十四

「…ありえない」


 本田2曹と違い、阿河は事態を飲み込んではいなかった。やっと捻り出した言葉は創作物でありきたりな、特にサスペンスとかパニック映画でありがちな言葉だった。


「気持ちはわかるさ。だが良い機会だ、考えてみたらどうだ。ビックフッドにツチノコ、河童やシーサーペントみたいな未確認生物、そして世界はもちろん日本だけでも各地に伝わる様々な妖怪や神様にまつわる伝承。世の中はそういう話で溢れている。それらの一切全てが人間の見間違いや妄想だと、本気で思っていたのか?まあ、少なくとも俺はそう思っていたけどな」


 皮肉な笑みを浮かべつつ、岸本は続ける。


「勉強会で先生は言っていた。神様は複数存在していると。様々な神様がいて、その数だけ宗教があると。だが長い時間の中で必ずしも正しい内容が継承されてきた訳じゃない。伝言ゲームと同じだ。末端では間違いが起こっている。先生や我々も、書物などを通して情報を集めたがそもそもが間違っていた。つまり、呼ぶべき相手を間違ったのさ。そしてやつはこの世界をやつのいた世界に変えるつもりだ。やつのいた世界では、あのめちゃくちゃな生き物たちが普通なんだろう。そしてあいつは俺たちだけでは止められない。だから正しい儀式をして、正しい相手を呼び、偽物を正してもらうんだ」


 まさか神様とはな。阿河の思考が岸本に追いつきはじめた。にわかには信じ難いが、この学校で目の当たりにしたものを考えれば信じるしかない。だがその神様とやら。この五人では止められないとしても…。


「あと何時間か待てば増援がくる。俺たちより人数も装備もしっかりしている。それでも対処できないのか?本当に銃火器では駄目なのか?」


 阿河が岸本に疑問をぶつける。予定でもあと一時間以内、さらに遅れたとしてもそう遠くない時期に主力がこの島にやってくる。それでも駄目なのか。倒せないのか。岸本が答える。


「あの羆の化け物より遥かに太刀が悪いのが相手だぞ。言っただろ。相手は神様だ。なにをしてくるのかわからん。それに話が長くなってしまったが、時間がないんだ。こちらの世界に来たとき、やつは既にダメージを受けていた。こっちの世界に来る、世界を跨ぐっていうのはかなりのリスクを伴うらしい。だから君たちがここに来るまでの間やつは動けなかったし、動かなかった。休養してたんだ。体力が回復すれば、やつは動き出す。この世界をやつの世界に変えるために。まずはこの島からだ。だからその前にやるしかない。こんな事態を招いた一味のくせにと、俺のこの態度や言動が気に食わないならいくらでも謝るさ。だがいま起きていることは変わらない。どうにかしないといけない。そうだろ?」


 なんてことだ。くそ。こんなB級映画みたいなことが現実になるとは。余計なことしやがって。あんな怪物が蔓延る世界だと…。あぁ、羆のあいつが言っていたのはそういうことか。



 そちらから見ればこちらは普通じゃないでしょうが、こちらから見ればそちらが普通じゃないんです。



 あいつらにとっての普通にする。あいつらにとっては、俺たちが変。俺たちが怪物。ふざけるな。どう考えたってお前らが変だろ。まぁ、お前らもそう思っているんだろうが。それにしても他の神様に来てもらうっていうのは…。


「他の神様っていうのは?」


 自分が疑問に思っていたことを、自分の代わりに玉木1曹が岸本に聞く。


「俺が儀式をして呼ぶ。人数は問題ではない。それは俺一人で十分だ。問題は捧げる物。医療廃棄物も必要だが、それだけじゃおそらく駄目なんだ。生贄だ。生贄が必要なんだ。先生はいらないと言っていたが、たぶんそれが間違いだ。こちらもリスクを負わなければ神様なんて大それた存在を呼べやしない。だから太古から人間は生贄を捧げてきたんだ。あんたたちはなんとかしてやつの注意を逸らして体育館の中央、医療廃棄物に囲まれた場所からやつを移動させてくれ。その場所で俺が生贄を捧げる儀式を行なってまともな神様を呼ぶ」


「あんたが呼ぶそいつもまともじゃなかったら?」


「じゃあどうする。このまま待つか?今の状態でもこの有様だ。万全な状態のやつが外に出てみろ…。想像するのも恐ろしい。どう転んだってリスクはあるんだ」


「本部に連絡をとって指示を仰ぎたい。ここから一旦出て住民の固定電話を借りて…」


「連絡をとったところでどうする。結局あんたらのお仲間が来るのに時間がかかるのは変わらないんだろ?つまりあんたらの選択肢は二つ。儀式を手伝うか、このまま何もしないかだ。俺を信じるのか、信じないのか」


「…やるしかないって言いたいのか?」


「あんたらが手伝わないなら、俺一人でもやる。いまの俺は狂ってなんかいない。良心の呵責くらい感じられる。こんな事態を招いてしまったことへの贖罪をしなければならない。あんたらは貧乏くじをひいて巻き込まれただけだが。それに俺の余命は長くない。つまり生贄にぴったりだ。もう思い残すことはない。さぁ、どうする。もう一度聞こう。俺を信じるのか、信じないのか」


 玉木1曹と岸本の会話が一旦止まり、その場に沈黙が流れる。決心しなければならないからだ。よく教育されたことだ。任務を達成するためには、目標を定め決心しなければならない。最悪なのはなにも決心しないこと。事態を放置するということは、悪化こそすれ改善されはしないからだ。飛び交う不完全な情報を素早く精査して判断を下さなければならない。そして今の場合、判断を下す指揮官は玉木1曹である。



 玉木1曹が再び口を開く。



「…お前を信じるに足る根拠は?」


「そんなものはない。俺への疑念が高まったときは、儀式をはじめる前に拘束するなり射殺するなりなんでもすればいい」


「…成功する可能性は?」


「低い。まず失敗するだろうな」


「…それでもなぜやる?」


「俺が間違っていたから。この世界には価値があったから。だから守らなければならない」


「…必要なものは?」


「覚悟と幸運だろうな」




 



「…前者ならある」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る