その三
その廃校は小さな島にしては大きく、都会にしては小さい程度の規模だった。過疎化が進む前は島にもある程度の子供がいたということだろうか。二階建ての校舎は、確かに廃校なだけあってお世辞にも綺麗とは言えなかったが、見える限り窓ガラスは一枚も割れておらず落書きもされていない。いたずらをする若者すらいないということか。
思えば札幌の母校を卒業してから訪ねたことはない。たまには、と思ったことがないではないが、小銃で敵を撃ち、銃剣で敵を刺す訓練をする日々の中で時間を見つけて訪れるほどの思い入れはなかった。先輩に連れられて行ったキャバクラで理想と思える女性と出会い、その女性と付き合うためのデートの時間は何としてでも見つけていたことをふと思い出す。自分にとっての学校はその程度のものだったことを自覚しつつ、阿河3曹は
「
「01、00、感明よし、こちらの感明送れ」
「00、01、感明よし。01についてはこれより廃校に進入、任務開始する、送れ」
「01、00、了、本隊到着時刻分かり次第連絡する、結節毎に報告せよ、終わり」
報告・連絡・相談と世間ではよく言うが、その言葉の由来は陸上自衛隊なのではないかと思うほど職場では頻繁に聞く。特に一番最初については。そるをして事態が好転した記憶はない気もしたが、阿河の思考は再びこの任務の内容に向いていた。
おそらくこれが陸上自衛隊、いや自衛隊にとって初めて敵と交戦する事案となる。それが防衛出動でも治安出動でもないこのような形になるとは。しかもそれが自分の役目になるとは。いつもは規則だの法規だのに縛られている自衛隊と政府が、こんなにも速くこんなにもめちゃくちゃな出動を思いついて実行できるとは。時間と共に頭が回りはじめ、出動が突然で朝には気づかなかったことに気づきはじめる。昔よりは改善されたらしいが、いまだに硬直しているこの国の安全保障体制の状況の中でもこの出動を決心させる敵とは、一体。
もう少し心の準備の時間が欲しい気がする。物事を整理する時間と腹を決める時間が。そう思った阿河は、別に時間は要らないじゃないかとも同時に思った。何事も完璧な準備をできて臨める方が少ないから。これまでの思い出すのも辛い訓練がそうだったから。まぁあれは教官が、俺たちの準備の時間を豊富なバリエーションの嫌がらせで奪ってきたからだが。走って10分かかる場所に3分後に集合と指示され、当然間に合わない結果待ち受ける腕立て伏せに当時は意味を見出せなかったが、そういった嫌がらせのおかげで慣れてしまった。準備不足とそれに伴うストレスに。なんだかんだ言って自分も自衛官なんだなと苦笑いしつつ、阿河は誰にも聞こえないように呟いた。
「まぁ、時間が解決するさ」
分隊員の装備は様々である。玉木1曹、阿河3曹は89式5.56mm小銃を携行しており、上原3曹はそれに加え携帯無線機を背中に背負っている。89式小銃は1989年に陸上自衛隊に正式採用された海外で言う
本田2曹は89の代わりに
またMINIMIには銃剣を装着することができないため、本田2曹は銃剣の代わりに9mm拳銃を装備している。装弾数は9発で、連射はできない。
そういった各々の商売道具を持った男女四名の特別職国家公務員たちは、建造物侵入罪に手を染めようとしていた。
玉木1曹が行くか、と小さく呟くと、分隊が一つになったかのように、ムカデのように動き出す。この四人で分隊を組むのは初だが、良い動きと言って良かった。阿河が入口が施錠されていないことを確認し、少しだけ後ろを振り向き小さく頷く。玉木1曹がGO、と今度は少しだけ声量を大きくして指示を出す。
分隊は、廃校に進入を開始した。
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