その二

 函館の南西に木古内町という町がある。その沖合約15kmに真狐里島まこりじまという小さな島がある。過疎化が進み、住民は高齢者ばかりで200人に満たない。島は観光地としてのPRをしていたが、はっきり言って上手くいっているとは言えなかった。

 昨日の日中、その島に珍しく30人ほどの団体観光客が訪れた。その観光客達は日中こそ釣り等を楽しんでいたらしいが、深夜になると町唯一の寂れた旅館から一斉に姿を消した。住民によると廃校になった小学校に向かったらしい。住民達が訝しんでいると、その廃校から悲鳴が多数聞こえてきたという。更に問題なのはその悲鳴を聞いた住民からの通報を受け、急行した同じく島唯一の駐在所勤務の警察官が廃校から帰ってこない点だった。その事態に住民は北海道本島の警察に連絡を取った…。




 「君達の任務は斥候せっこう分隊として速やかに真孤里島の廃校に向かい、主力到着前に敵状を解明することだ」


 3科長はそう言ったが、全く意味がわからなかった。実戦?遠い、非常に遠い場所にあった災厄が来てしまった?そして俺がその貧乏くじを引いた?俺はこれから殺し合いをするのか?まさか。何がどうなっているのか。疑問が浮かび過ぎて思考が混乱する。とにかく任務に目を向ければ…。

 

 分隊編成についてはまだわかる。災害派遣などに備えて連隊としてある程度の即応体制はとっていたとはいえ、休暇中であったしあまりにも時間が無さすぎた。所属中隊がバラバラなのも仕方ないのであろう。人員を陸曹で固めている理由はわからないが、それもそれなりの事情があるはずだ。

 

 問題はここからだ。

 

 まずこれは自衛隊の任務ではない。自衛隊よりも警察が対処すべき事案だ。その観光客がテロリストやゲリラだったとしても、まず警察のSAT特殊急襲部隊みたいな連中が出張るべきだろう。なぜ我々が出るのか。

 それに3科長から語られた情報は現場の連隊に送られてくる情報としては充実しすぎている。これまでの我々の常識で言えば、我々に降りてくる情報など


「彼我不明の人員約30名、真孤里島の廃校に立てこもりの模様。現地警察官所在不明との情報あり」


 程度のものなのだ。少なくとも訓練や災派、そして最悪あるかもしれない有事に備えての教育ではそうだった。なぜ観光客とやらの動きがここまで掌握されているのか。

 

 丘珠から方面か旅団かのヘリが来るらしいが、そもそも真駒内の普通科連隊の連中を乗せてくればいいんじゃないか。こんな事案、ましてこんなに情報が充実していたのなら習志野の特戦特殊作戦群あたりが出張って来るのがいいんじゃないのか。


 だが最大の疑問が浮かびそれを3科長に質問しようとしたとき、同じ疑問を玉木1曹が先に質問した。


「敵状と仰いましたが…?」


 そこが一番の問題なのだ。3科長は状況ではなく敵状と言った。つまり、廃校にいるのは敵だとはっきりしているのである。なぜ敵だとわかっているのか。そして、その敵とは一体何なのか。その目的は。あぁ、くそ。連隊も知らないのか。それを明らかにするのが俺たちか。


 3科長は大きくため息をつき、俺も全てを知らされている訳ではないと言った後に続けた。


「敵であることは間違いない。ただ我々がこれまで想定していた敵ではないらしい。戸惑っているのはわかるが、時間がない。防衛出動に準じた武器の使用は許可されている。上からの命令は敵状の解明だが、最悪主力到着まで持ち堪えてくれればそれでいい」


 疑問は尽きない。質問で捲し立てたい気持ちもある。だが食い下がる者はいなかった。陸曹とはそういう生き物だ。言われたことはやる。やらなければ待っている選択肢は三つだけだと叩き込まれているから。

 


 上司に怒られるか、仲間が死ぬか、自分が死ぬか。

 


 その後は任務の細部についての話が続いた。この認識統一終了後速やかに武器搬出、弾薬受領、その他準備を整え30分後に到着予定のヘリコプターに速やかに搭乗、出発。


 諸々の説明の後、3科長は悲痛な表情でこう続けた。

「波が高いためしばらく船舶による島への接近は困難だ。従って君達と同じく主力もヘリによる投入となるが、今後天候は悪化していく見積もりだ。主力到着は早くても君達のLZ降着から一時間後になる…」


 つまり細かいことを省くと、未知の敵30人相手に四人で最低一時間は戦ってね、ということだ。それはもっと先に言えと思いつつも、阿河は玉木1曹の一言で冷静さを取り戻した。


「了解しました」


 玉木1曹はとっくに腹を決めているようだった。自分は果たして腹を決めているのか。迷っている時点で決めていないとわかったときには、認識統一は終わっていた。




 機上整備員がヘリ側面の窓を開け放ち、そこから顔を出してLZを確認している。任務開始が近くなっても、緊張はない。地獄に落ちるとわかっていても、どんな地獄かわからないので実感が湧かないからだ。準備及び任務の時間的制約、そして敵にまともな対空火器携行式地対空誘導弾がないとの情報から、ヘリは離隔した場所への着陸やロープでのラペリング懸垂下降を選択せず廃校のグラウンドに直接着陸することになっていた。


 UH-1Jのスキーを履いたスキッドが雪面にめり込み、機上整備員が勢いよくドアを開け分隊に合図する。玉木1曹を先頭に分隊がヘリコプターから飛び出し、雪に足をとられながらも廃校の校舎に突進する。

 



 12月26日0710、斥候分隊は真狐里島の廃校に到着し、任務を開始した。



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