第3話 黄昏の誘い

 たまたま彼女の自転車を直してやったことがきっかけで、俺と彼女の関係は見知らぬ隣人から友人にランクアップした。


 といっても、せいぜい日が沈んでから近くのコンビニに一緒に行ったり、俺が昼間に出掛ける時についでに用事を引き受けたり、休みの都合が合った日に部屋で一緒にお茶をしながら駄弁ったりってところだが。


 ただ、俺自身は彼女に対して友情以上の特別な感情を抱きはじめていることを自覚していた。


 最初は彼女の儚げな美しさに惹かれたのは否定しない。でも、知り合うにつれて人付き合いに慣れていないが故の不器用な率直さ、まるで子供みたいに無邪気な純粋さ、俺にはない独特の世界観といった彼女の個性に惹かれるようになった。


 ……でも、彼女は俺のことをどう思っているんだろう?



「どうしたの? 難しい顔して。悩み事?」


 外出用のUVカットの眼鏡越しに、葡萄眼と称される彼女の赤紫の瞳が俺をじっと見る。


「いや、別に」


 心の中が見透かされたような錯覚を感じて動悸が早まるのを自覚しながら、曖昧に笑って誤魔化して、黄昏時のコンビニに連れ立って入る。


 そのまま二人で雑誌コーナーで立読みしていたのだが、しばらくして彼女がタウン情報誌の水族館の広告ページを興味深そうに眺めていることに気付いた。


 イルカショーが有名だからそのことかな、と思って横からひょいと覗きこむと、深海の生物フェアなるイベントをやっているようだった。


「なに? 深海の生き物が好きなわけ?」


「うん。ずっと暗い海の底でしか生きられないこの子たちって、陽の下で生きられない私に似てる気がしてなんか親近感」


「あ、なるほど。ちょっと内容見せて」


 深海の生物フェアの期間と水族館の営業時間をチェックしてから、しばしの間逡巡して、誘ってみる。


「……よかったらさ、今度の休日に二人で行かないか? その水族館はナイター営業もしてるみたいだから、夕方から出かけてもゆっくり観れると思うよ」


 一瞬、きょとんとした彼女が、数拍遅れであたふたする。


「……もっ、もしかして、それはまさか、デ、デートのお誘いだったりするのかな?」


「もしかしなくてもそのつもりだけど」


「あわわっ、私、デートなんてしたことないんだけどっ!」


 そのあまりのテンパりように思わず吹きそうになる。俺的には今のこれもデートなんだが彼女的にはノーカウントらしい。


「落ち着けって。そんなに大袈裟に考えなくていいから。今みたいにコンビニに一緒に来てるのの延長でもうちょっと遠くに出かけようってだけの話だから。水族館、行きたくない?」


「……い、行きたいけど」


「じゃあ、一緒に行こうよ」


 彼女ははにかむように笑ってうなずいた。


「うん。……うん! 私、水族館に行きたい!」


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