第4話 珊瑚のイヤリング

 アパートの隣人である彼は、私にとって初めての友だちだ。


 そんな彼が私を水族館デートに誘ってくれたのが先週のこと。今日までずっとそわそわしていた。



 アルビノの私は義務教育は普通の学校に通っていたけど、他の子たちと同じようにカーテンを開いた教室で長時間の授業を受けることはできなかったので、結局は特別支援学級でいつも一人で授業を受けていた。


 勉強は好きだったから高校は通信制を選び、卒業後は主治医の紹介で夜中の病院でパートの医療事務をしている。


 健常者の両親や弟には今までたくさん迷惑をかけてきて、たくさん我慢させてきたから、もうこれ以上負担をかけたくなくて一人暮らしを始めた。

 障害者年金とパートの収入があれば、とりあえず暮らしていけるから、もうこれ以上誰にも迷惑をかけずに、誰とも必要以上に関わらずにひっそりと一人で生きていこうとそう思っていた。



 ……でも、本当は寂しかった。一人になって家族のありがたみをつくづく思い知った。


 そんな私に親切に手を差し伸べてくれたのが、隣の部屋の住人である彼だった。彼は私がアルビノと知っても距離を取ったりしなかった。それどころか私のことを気遣って色々と親切にしてくれたし、不自由の多い私に気遣いつつも、私を障害者としてではなく、一人の女性として扱ってくれた。

 そんな扱いを受けたのは初めてですごく新鮮だったし、優しい彼に私はどんどん惹かれていった。


 私は今まで異性を好きになったことがない。だから、彼に対して抱いている感情がそうだとは言い切れないけど、でもきっとこれが恋なんだと思う。


 彼とおしゃべりしたり、一緒にコンビニに行ったりする時はいつも嬉しくて心が弾み、いつも時間があっという間に過ぎる。

 彼におやすみと言って別れて自分の部屋で一人になった時は寂しくて、胸がきゅっと締め付けられるようで、またすぐ会いたい、もっと一緒にいたいと思う。


 ラブストーリーに出てくるヒロインたちの気持ちが今なら分かる。そっか。恋ってこんなにドキドキしてワクワクしてキュンとなるんだね。


 でも、彼が好きだと気づいても、彼は健常者で私は重度の障害者。私と付き合うことは彼にとって大きな負担になるし、私の両親や弟にそうさせてたように、やりたいことを色々我慢させてしまうことになる。それが嫌で一人暮らしを始めたのに、大好きな彼の人生を縛ってしまったら本末転倒だ。


 だから、あくまで友だちとして傍にいたいと思った。それだけでいい。それ以上は望んではいけない。私は今すでに十分すぎるほど幸せなんだから。


 彼から水族館デートに誘われたのはそんな時だった。彼も私のことが好きなのか、それとも友人として遊びに誘ってくれただけなのか、私が行きたがってるのに気づいて付き添ってくれるだけのつもりなのか、彼の真意は分からない。

 でも、大好きな彼と一緒に憧れの水族館に行けるなんて、私にとってきっと一生モノの宝物のような思い出になると思うから、行くことにした。

 いつか、彼がお隣さんじゃなくなって疎遠になったとしても、その思い出がずっと私を支えてくれると思うから。




 今日は私にとって初めてのデート。


 水族館のナイター営業に合わせて遅めの午後に出掛ける予定だったから十分に時間はあったはずなのに、不慣れなお化粧に手間取っているうちに約束の時間になってしまった。


 お母さんから貰った小さな珊瑚のイヤリングを耳に付けたところで玄関のチャイムが鳴る。


「はーい。今出ますー」


 今日の私を彼はどう思うかな? 変じゃないかな? 精一杯のオシャレをした今日の私の姿が、今日のお出かけの思い出が、彼の記憶のアルバムにピン留めされたらいいな。


 最後にもう一度だけ、姿見で全身をチェックしてから、私はドキドキしながら玄関のドアを開けた。



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