第2話 海の底のお茶会

「私、白いカラスなんです」


 私の外見に驚きを隠せないでいる彼にそう言うと、彼は納得した様子で頷いた。


「そっか。……だから君は夜に仕事してるんだな」


「……っ!」


 正直驚いた。まず「白いカラスって?」と、聞き返してくると思っていた。彼の答えは私のアルビノという先天性遺伝子疾患への理解、つまり私の肌が紫外線に極めて弱いことへの理解があることを意味していて、ちょっと彼に対して興味が湧いた。

 ちなみに白いカラスというのはアルビノの黒人男性が主人公のアメリカの映画のタイトルだ。


「……意外。知ってるんですね。アルビノのこと」


 白いカラスなんてかなりマニアックな映画なのに。


「うん。小学生の頃、そういう友だちがいたんだ」


「納得」


「ならこの朝の日差しの中で作業するのは辛いだろ。俺がやってやるから君は陰にいるといい」


「あ、ありがとうございます。正直助かります」


 彼の親切な申し出に甘えて、自転車置き場の屋根の下から彼の作業を見守る。自転車の修理なんてやったことがなかったから正直困っていた。この時間では自転車屋さんも開いてないし。


 彼は帰宅途中でチェーンが外れてしまった私の自転車をいとも簡単に直してくれた。こんなにすぐ直せるものなのね。


「はい、おっけ」


「本当にありがとうございました」


「いいさ。俺もちょうど今日は休みだったしね」


 彼と一緒に三階の自分の部屋に戻ってきて、今まで面識のなかった隣室の住人が彼であることが判明する。彼とは生活サイクルが真逆なのは分かっているから、この機会を逃したら次に会えるのがいつになるかわからない。だからちょっとだけ勇気を振り絞る。


「あの、お時間があるならちょっとお茶でもご一緒しませんか?」


 ドアノブに手を掛けていた彼が振り向く。


「……いいけど、どこか喫茶店でも行く?」


「いや、その、この日差しの中で出かけるのは厳しいので、よかったら私の部屋で」


 彼があからさまに呆れた顔をする。


「……君さ、俺が悪い人だったらどうすんの? 若い女性が見知らぬ男を部屋に上げるとか、警戒心なさすぎじゃない?」


「えーでも、あなたは困ってる私をわざわざ助けに来てくれるいい人だから、酷いことなんてしないでしょ? 悪い人ならこんな風にわざわざ注意してくれたりしないと思うし、それに……」


 私が引っ越してきてほどなくして、隣の彼の部屋からの生活音がほとんどしなくなった。きっと私が夜勤であると知ってなるべく音を出さないように気遣ってくれたのだ。

 彼が優しい人だと、私はすでに知っている。


「それに?」


「いえ、なんでもないです。とにかく、私はあなたを信頼します」


 ちょっと驚いた様子の彼は、ふっと微笑んで小さく頷いた。


「おっけ。じゃあ、会社で貰ったお菓子があるからそれ持って15分後ぐらいにお邪魔してもいいかな?」


「はい。お待ちしています」


 急いで普段着に着替え、ケトルを火にかけ、リビングを片付ける。テーブルに出しっぱなしの書きかけの報告書、ボールペン、空のマグカップ。


 ケトルのお湯が沸いたちょうどその時、彼がやってきたのでリビングに通す。

 群青の遮光カーテンが閉まったリビングのコーディネートイメージは海の底。壁紙は下から上に向かって群青から薄い水色にグラデーションしていて、間接照明で照らした天井は明るい水面。壁にはラッセンの絵を飾り、小物類も貝殻やヒトデなどの海の物が多い。

 この部屋に人を招くのは初めてなのでちょっとドキドキしながら彼の反応を見守る。


「へぇ、海の底みたいだ」


 彼の反応に嬉しくなる。


「海の底でのお茶会なんてちょっと素敵でしょ?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る