第6話 命の間合いを守る男

一新と神六。

すでに最初の口擊こうげきから数刻。構えた姿から1歩も動かず、お互いの刀が届くギリギリの間合いを保っていた。

2人とも腕は達人クラス。

お互いに間合いが見えており、その間合いは死合いを見守る見物客にも見える程、空気が違っていた。

何せそのはず、お互い刀を抜けないのだから、お互いに間合いには入って欲しくない。威嚇的に間合いを誇示する事で相手に刀を抜かせないように牽制しているのだ。


2人の額から汗が流れ落ちる。

間合いに入れば一瞬で勝負が決まる。

抜かれた瞬間に命が尽きると思っている2人には、まさに命を繋ぐ間合いなのだ。


が、その様子に見物客は飽きてきていた。

既に数刻にらみ合いが続いており、初めこそ息を飲む程ピリついていたのだが、余りに長い。

もう、何割かの見物客は日常へと戻っていっていた。

一新と同門の門下生ですら帰っていた。

この状況を打開すべく動いたのは、残りの門下生であった。

流石は有名道場の門下生。気配を殺し、神六を牽制している一新の後に回り込むとっとその背中を押した。一新の背後にまわった事は、一新はおろか、一新に集中している神六の目にも入らない程鮮やかであった。


不意に背中を押された事で、一新の身体がふわりと前のめりになり、神六の間合に入るその刹那、お互いに後方へ飛び退く。

その素早い攻防に沸き上がる見物人達。

端からみれば、達人同士が遂に動き、達人にしか分からないやり取りをして後方に飛び退いたように見える。


だが当人達はと言うと。


(あっぶなぁ~。ずっと見てたのに一新のあの踏み込みは何なんだ!まるで気配が無く、急に間合いに入ろうとしてきた。流石達人だ!飛び退く反応が後少し遅かったら切られていたぞ)

(あっぶねぇ~。誰か知らないが俺を後ろから押した奴、生きて帰れたら絶対に泣かす。神六が後に引かなければ切られてたぞ!しかし、神六は流石だ。あの一瞬の間に後に下がり自身の間合いを保っている)

と、お互いに冷や汗をかき勝手にお互いの行動を褒め称えていた。


動きのあった抜けない第2の攻防戦。

両者ともお互いの間合いを保ちつつ、お互いの行動を勝手に誉め合い、引き分けである。

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