第7話 一閃、解き放つ男
一新の無気配の間合いの入り方に神六は焦っていた。
次は避けきれる自信がない。
最早、牽制だけでは一新の殺意を止められない。
どうにか一新より格が上である事を見せつけなければならない。
神六は冷や汗を流しながら、何か出来ないかと考えていた。
そして妙案を思い付く。
刀身が無ければ、無い事を見せつければ良いと。
「やれ、一新。貴様に勝つには俺の秘技を見せる他無いようだ。今回特別に貴様を斬らずにその技を見せてやる」
そう言うと、神六は腰を落とし抜刀の構えをとると、そのまま素早く刀を引き抜いた。
「
(そんなものはないのだが!!)
神六は刀を抜き、そして斬り伏せて刀を納めるような仕草を取った。
「一新。貴様の目に俺の抜刀が見えたか?次はその首もらい受ける。だが、格の違いを認めるのであればこの死合い、無かったことにしても良いぞ」
(どうだ、一新。貴様の目には何も映らなかったであろう。格の違いを認めこの場から退いてくれ)
さて、一新。神六の抜刀の構えを取った瞬間、斬られる事を覚悟したが、何やら特別に技を見せてくれると聞き一先ず安堵していた。
しかしそれも束の間、一新は信じられないものを見た。
「
神六が叫び、抜かれた刀からは刀身が見えなかった。
一新とて、最悪斬られそうになった折りには竹光を抜く覚悟もしていた。
だが、目を見開いても神六から解き放たれた刀からは刀身が見えなかった。
最早、初めから刀身が無かったかの如く鮮やかな抜刀であった。
抜いた刀から刀身が消えるほどの速さで抜刀できる男と私は死合いをしていたのか。
一新は格の違いを認めようとしたその時、刀を納めて此方を見ている神六の足元に「金色の電気を放たれし愛玩小動物」の携刀すとらっぷが落ちているのが目に入った。
やれ、ダメもとで足掻いてみるか。
震える足を見せぬように一新は気合いをいれると、少し上擦った声で神六に答えた。
「神六の技、光速抜刀術。光の如し速さ見事なり。刀身がまるで見えなかったわ。しかし、神六が光速なら私は神速である。神六よ、足下を見るが良い」
一新の言葉を聞き、チラリと足下を見る神六。
神六の足下には先程まで刀についていたはずの「金色の電気を放たれし愛玩小動物」の携刀すとらっぷが落ちていた。
「神六よ。私の抜刀が見えたか?
(そんなものはないのだが)
見え無かったであろう。神六の技に合わせその携刀すとらっぷのみ斬らせて頂いた。今度は首を狙う。だが、格の違いを認めるのであればこの死合い無かったことにしてやろう」
(本当は神六自身の抜刀速度についていけず、すとらっぷが壊れ落ちただけなのだが。どうか驚き、無かった事にしてくれ)
一新の心の声は大きかった。
さて、神六。まさか自身の嘘っぱちの技を
神六の目には一新が刀を抜く姿はおろか、動く姿すら見えなかった。本当は刀を抜いていないのではと疑いたくなる。
だが、紛れもなく足元には携刀すとらっぷが落ちている。よもや、その技、確かに神速。格が違う。
これは、格の違いを認めるしかないと神六は思った。
と、同時にこんなに凄い男と死合い等ではなくちゃんと戦いたいとも思った。
無意識のうちに間合いに入り込める技量と度胸。
自身の道場の意地を守る忠義。
そして抜く姿すら見えぬ抜刀術。
こやつなら自身で道場主にすらなれるのでは無いかと。
時を同じく、一新もまた、先の自身の言葉を悔いていた。いくら竹光がバレたくないとは言え、1度も刀を抜かず、あまつさえ、凄い技を放った神六に対し、一新はその神六の技に耐えられなかった携刀すとらっぷを自身が切り落とした等と嘘をついて。
何と恥ずかしい。此こそ竹光より恥ずかしいではないか。確かに神六は我が道場を破ったが、よくよく考えれば正々堂々と師範に挑み勝ち仰せただけだ。
仇に思われる道理はない。だが私の敵討ちをしっかりと受け、その上で技を見せ格の違いを見せ、命の無駄なやり取りを止めさせようとしている。
深い。
実に深い。
こやつとは死合い等ではなく、ちゃんと戦いたいと。
2人の闘気が薄まる。
ほぼ同時に刀を構えてはいるが、その姿勢を正した。
「「あっ、あのう~」」
2つの声が重なる。
「「あっ、どうぞどうぞ」」
2つの声が重なる。
「「では、私・俺から。…この死合い負けを認める! 」」
2つの声が重なる。
「「えっ?」」
2つの声が重なる。
お互いまだ声が重なっているが、先に言葉を制したのは神六であった。
「いや、一新よ。貴様の腕は確かである。それこそ自身で道場主にすらなれよう。ここで終わるには余りにも惜しい」
自分が認めた男に誉められニヤつく一新。
「いやいや、神六こそ。切磋琢磨して磨き上げた技は確かであった。私も神六と切磋琢磨していきたい」
神六も自分が認めた男に誉められニヤける。
2人してモジモジとしながらお互いを褒め称えている姿は初々しいあべっくの如くであった。
今度はお互いに負けようと言葉を交わしているがきりがない。
2人は目を合わすと息もピッタリに
「「それでは、この死合い。お互いに負けを認め引き分けとする」」
既に見物客は殆どいなくなった中、ようやく長かった抜けぬ闘いに、決着がつこうと「いや、ちょっと待たれよ!!」
和やかな空気を切り裂く鋭い待たれよの声。
その相手、先程まで見届け人をしていた柳その人。
「一切の刀を抜かずに2人で決着をつけるとは何事であるか!こんなのはワシが見たい死合いではない!
ワシの名は柳 直江津。ワシの見たかった死合いでなかった仇。討たせていただく!!」
理不尽な仇ではあるが、柳は名乗りを上げると先程まで握りっぱなしであった鰤の寿司を食べると刀を構えた。
そして、後悔した。
柳、既に齢80歳。
その右肩は四十肩と言うには余りに歳を取りすぎているが、簡単に言うと肩が上がらない。
つまり刀を少し引き抜くことは出来ても、刀を抜き構えること等出来ないのだ。
抜けない。
この肩では刀など抜けない。
抜くために肩を動かすだけで激痛が走る。
柳は祈った。
一新と神六が名乗りを受けないことを。見届け人が来ないことを。
「「俺等の名は、知っての通り一新と神六。その敵討ち受けたり!」」
2人とも先程と違い、今はお互いの内のどちらかが、柳と刀を合わせているうちに制すれば良いと考え、名乗りを受けていた。
だが、2人は知らない。
お互いに刀を抜けないことに。
そして、3人とも刀を抜けないことに。
「その死合い、私、門下生はが見届ける!」
空気を読めない1人の男の見届けにより、抜けぬ戦いの第2幕が幕を開けるのであった。
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