第5話 それぞれに戦う男


一新、神六。

お互いがお互いの一挙手一投足を見逃さない様に見つめ張りつめた空気の中に、聞きなれない声が聞こえた。


「ワシがこの死合いの公平なる見届け人、柳 直江津である」


一新、神六は顔にこそ驚きを出さないが、お互いに外せぬ視線を一度そらし柳と言う老人をみた。

そこには、今にも握り潰されそうな鰤の寿司を右手に持ち、目を爛々と輝かせ左手を高らかに挙げながら宣言するお爺ちゃんがいた。


((うわぁ~見届け人きちゃったよ~。もう、やるしかなくなったよ。本当に邪魔だよ。どうにかこの死合いを終わらせなければ。もういっそうの事、やっぱり命のやり取りは良くないと止めを宣言しようか))


一新、神六。ともに同じことを考えていた。

しかし、間の悪いことに往来の場で敵討ち宣言をした為、既に周辺は見物客で溢れていた。

良く見ると一新と同じ門下生の姿もあった。これでは一新、益々引けなくなってしまった。


(同門が見ている中、無様にこの死合い止めようなどと神六に提案など出来ない。何か無いのか)


と、一新が神六を見ると靴紐がほどけていることに気が付いた。


(これは、しめた。靴紐がほどけているとは何と縁起が悪い。神六にその事を指摘して日を改めさせよう)


「やれ、神六。お主、靴紐がほどけているではないか。何と縁起の悪い事。此ではお主の命もここで尽きてしまうわ。だが、今日の私は機嫌が良い。今日の所はこの死合い無かったことにしても良いぞ」

(さあ、大切な死合いだ。神六だって万全の状態でしたいはずだ。日を改めると言え!)


さて、神六。チラリと足下を見ると確かに靴紐がほどけている。

(うわぁ、本当に靴紐がほどけている。これは、縁起が悪い。刀も折れるわけだわ。しかし、有難い。これで私が同意すれば、一先ずこの死合いは無かったことになる。だが、それだと俺の靴紐がほどけている事で負けを認めたみたいでどうにも気に入らない………)


「確かに靴紐がほどけているが、貴様を斬るのに縁起など担がなくても余裕である」

(あぁ言うてもたぁ。折角無傷で死合いを終わらせれたかもしれないのに意地を張ってしまった)


神六は自身の返答に後悔しつつ、何か打開策はないかと考えた。


(そうだ!一新に命が取られるという恐怖を与え、死合いを止めたいと思わさせよう)


神六は、懐から小型伝達手段機器すまーとふぉんを素早く取り出すと一新に聞こえるように話し出した。


もうもうし。棺桶屋か?俺は神六と言うものだが、1つ仕事を頼まれてくれるか?大きさはちょっと待って」


神六は、片耳に小型伝達手段機器すまーとふぉんを挟みながら一新の背丈を指で測る。

「一新、貴様背丈は大体180前後とみた。間違いないな」

一新に向かいニヤリと笑うと再び棺桶屋に話を戻す。


「やや、すまぬ。待たせたな。大きさは180が入るように頼んだ」


ここで神六、一新に向かい本題を鋭く斬り出す。

「一新、貴様の棺桶は準備できたぞ。しかし、棺桶屋の話では180の棺桶は珍しく作るのに日が掛かるそうだ。俺が貴様を斬った後、直ぐに埋葬できないのは余りに忍びない。今日の死合い、無かったことにしても良いぞ」

(さぁどうだ一新!既に貴様の棺桶は頼んだぞ。俺は貴様を殺す気だぞ!でも、止めてもいいんだぞ~。むしろ止めたいと言え!)


神六からの提案に一新は固唾を飲み込んだ。


(やばい。神六の腕は確かだ。さらに私には受けれる刀もない。間違いなく棺桶に入るのは私だ。神六の提案は真に有難い!だか、ここで神六の提案を飲むと私の棺桶が出来ていないから死合いを止めた。負けたと思われてしまう………)


「神六や、まだ棺桶屋とは伝達が繋がっておるな。一言付け加えておいてくれ。その棺桶の大きさを10程、短しておいてくれと」

一新もまた神六の背丈を指で測りながらそう伝えた。

(やってもたぁ。折角神六が止めるきっかけをくれたのに意地を張ってしまったぁ)


「貴様、言うではないか。どうやら、引く気は無いようだな」

(畜生、やっぱり棺桶をチラつかせる程度では引かぬか)


お互い再び刀を構えると不敵に笑い合った。


((やっべぇ~。どうして終わらせようか))


人は本当に困った時には笑いが出てしまうものである。抜けない第1の攻防戦は、両者意地を張り引分けである。




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