第3話 侵入
校舎裏にある焼却炉跡で変な箱が見つかった。
私、くるみとりんごちゃんは、その箱の謎を解明しに行くため、他の生徒が三限の予鈴でぞろぞろと校舎内に戻っていく中、こっそりと焼却炉跡に足を運ぶのだった。
校庭に植樹されてある木々に身を隠しながら、ゆっくりと移動し『KEEP OUT』と書かれた黄色いテープがピンと伸ばして貼られてある所まで辿り着いた。
すると、校舎からまた大きな音が鳴った。
本鈴だ。
私は木に背中を預けながら、その音に肩がビクッと反応した。
「はぁ……」
胸に手を当てて、大きく深呼吸する。授業をサボるという罪悪感のせいか、神経が張り詰めている。
なぜ私はこんな事をしているのだろう。りんごちゃんの誘いなんて断れば良かった。といらぬ後悔の念が頭をよぎる。
やがて今さら考えてもしょうがないと、自答し終え、りんごちゃんの背中を見やった。
後ろ姿しか見えないが、私と違い後悔など微塵も感じることなく、焼却炉跡の方向ーー前しか見ていない。私は少しりんごちゃんを羨ましく思った。
……って馬鹿か!?
どうしてコイツのせいでここにいるのに、羨ましく思わなければいけないのだ!
「何か言ったかい?」
りんごちゃんが後ろを向いて、不思議そうな顔で囁く。
おかしいなぁ……声には出していなかったはずなのに。
私は首を横に振ることで、りんごちゃんへの返答とした。
りんごちゃんは何かを見透かしたように「フフ……」と笑い、顔を前に向き直る。
少し苛立ちを覚えるが、ため息を一つ吐いて、私もりんごちゃんと同じ方向を向く。
焼却炉跡は手入れが行き届いていないのか、雑草や灌木が不躾に生えており、まるで小さなジャングルの様だった。
「身を潜めるには絶好の場所だ」
りんごちゃんは腰を屈め、前かがみになりながらそのジャングルに向かって進む。
私もりんごちゃんの後ろに隠れるように、同じ構えで続く。
黄色いテープを下から潜り抜ける時には、心臓バクバクだ。しかし、ここまで来れば、奥まで見通せるだろう。
りんごちゃんがゆっくりと顔を上げるのを見てから、私も顔を上げる。
…………。
草木が乱雑に生い茂る中で、若い警察官二人と初老の警察官一人が、何かを囲むように立ち話をしていた。三人とも男性で、こちらにまで声は聞こえないが、一人の若い警察官は苦笑いしながら、初老の警察官の話を合間合間に合槌をうちながら、聞いている様子だ。そしてもう一人の若い警察官は眉をひそめて、腕を組み、外野からでも困っている顔を見て取れる。
おそらくだが、りんごちゃんの言う通り、まだあの場所に例の箱があるのだろう。警察官が陣取っているのが、良い証拠だ。
……でもなぜ回収しないのだろう? やっぱり危ない箱だから? それにしては、あの警察官の人たちは軽装だ。テレビや動画サイトでよく見るような爆弾処理班的な防護服を着ているわけじゃない。だったらなんで。
ふーむ。
「くるみくん。理系脳を働かせるには『なんで』ではなく『どうなって』という思考の方がベターだよ」
何コイツ? コイツには私のモノローグ聞こえているのか?
「顔に書いてあるだけさ」
あ、そ。
……まぁ、いい。りんごちゃんの言う通り『どうなって』で考えていこう。
Q.どうなってあの警察官は三人いるのか。
A.一人じゃ解けない問題だから。
Q.どうなって警察官の人たちは困っているのか。
A.問題が解けないから。
Q.どうなって問題が解けないでいる警察官はあの場所から動こうとしないのか。
A.あの場所に謎の箱があるから。
Q.どうやってりんごちゃんから逃げようか。
……は! りんごちゃんがこちらをじっとりした目で見てくる。
「もし今から逃げようとしたら、この場で大声で歌ってやるぞ。しかも曲はあの『ハーレルヤ』って歌うやつだ」
コイツ道連れにする気満々だな。
「……にしても、彼ら動こうとしないねぇ。正直、邪魔だからどっかに行ってほしいのだが。このままだと現物さえ見えやしない」
警察官はさすがの体躯といったところで、その屈強なガタイの良さで、見事に私たちの位置から中心部が見えないでいる。
「ところで、くるみくん。ここでイエスかノーで判断する簡単な心理テストをしようと思う。さぁ行くよ」
「は?」
訝しむ間も無く、りんごちゃんは私の方に不気味な笑顔を見せる。
「『私は目立ちたがり屋だ』。さぁ、イエスかノーか?」
急に二択問題を出されても、えぇと……。
「の、ノー」
……私はつい答えてしまった。一瞬りんごちゃんはキョトンとした顔をした後、「フフ……」と今度は声に出して不気味に笑う。
「やはりそうか。ならば君は『勇者』で、私は『踊り子』だ。箱の謎。情報だけでもいい。しっかりと役割を果たしてきたまえ」
え? え?
りんごちゃんは勢いよく立ち上がり、ガサガサと草木を手で薙ぎ払いながら、堂々と前へと進む。当然、警察官の人たちも気づかない訳はなく、視線が一斉にりんごちゃんに注がれる。
「ん? ここの生徒さんかい?」
若い警察官の人がりんごちゃんに向かって優しく話しかける。
「やぁやぁ、どうしてこんな所に人がいるのかねぇ。しかもどこかで見たような服装を着てらっしゃる」
りんごちゃんの芝居がかった台詞回しに、警察官の人たちは一瞬たじろぐが、すぐに冷静に、
「あのね。ここ今、立ち入り禁止なの。先生から言われなかった」
と軽くいなされる。
「いやー聞いてないね」
りんごちゃんは平然と嘘をつく。
「そういえばさっき鐘がなって今、授業中だよね。どうしてここにいるのかな?」
さすがは警察官。あの不遜な態度を取るりんごちゃんにさえ、優しくしてくれる。
と思った次の瞬間。
「さっさと校舎に戻れ! 死にていのか!」
初老の警察官が怒号を発する。
「…………っ」
さすがのりんごちゃんも驚いたようで、目を瞬かせ、口をぱくぱくさせる。若い警察官二人は苦笑いを浮かべて、静観する。
「わ、私はいつもここで、う、歌のれれれ練習をしているのだ。き、君らみたいな……」
と言うやいなや、りんごちゃんは言葉に詰まり、とうとう目から雫が頬に流れ始めた。
初老の警察官が大きくため息を吐き、りんごちゃんの方に歩み寄って行った。
私は見つからないように、近くの灌木の裏に丸まって隠れて、警察官をやり過ごす。
「すまないなぁ。嬢ちゃん。怖かったよなぁ。でもなぁ、ここはなぁ、今近づいていけねぇ場所なんだ。嬢ちゃんを危険から遠ざけたいあまりに、つい大声出しちまった」
りんごちゃんが顔に手を当て泣いている横目でチラッと私を見る。
え、行けってか?
確かに今、初老の警察官の後ろに若い警察官も二人ついて来ていて、今ならあの場所に何があるか見れる。
心の準備はまだ出来てはいなかったが、初老の警察官がまだすんすんと泣いているりんごちゃんをなだめている今がチャンスだ。
私はパニックになりそうな頭を、行動によってなだめ、できるだけ草木の音を立てずに前へ前へと進んだ。
そして、あの警察官の人たちが囲んでいた場所ーー箱があるであろう所まで辿り着いた。
続く
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