第2話 殴りたい

 二限終わりの休み時間。私、くるみとりんごちゃんの二人は、三限目が開始される前の二十分を利用して、校庭にやって来た。

「お、おぉ……」

 つい私は驚きの声を漏らす。校門の外にはパトカーが二台駐車しており、見回りなのか校庭のあちこちに警官と思われる人達が目を鋭くさせながら、歩いていた。

 まさか、ここまで大ごとになっているとは思わず、これはもう学校で呑気に授業を受けている場合じゃない。という考えが浮かんだ。

 もしかすると、このまま三限目は始まらず、帰宅指示が出るんじゃないか。

 やった!

 危機感より、このまま退屈な授業を受けずに帰れて嬉しい気持ちが先行した。

「くるみくん。あちらを見たまえ」

 りんごちゃんが人差し指を突き出す。その示す先は焼却炉跡で、めったに生徒の出入りはないが、今はたくさんの生徒たちが、がやがやと集まっている。そして、そのやじ馬の間にうっすらと『KEEP OUT』と印字された黄色いテープがマラソンのゴールテープのようにピンと貼られているのが見えた。おそらく中では警察の人たちが例の箱が危険物じゃないか調べているのだろう。

「何か事態は思ったよりも深刻そうだ。おそらく三限目が始まる前に『帰れ』と言われるだろう」

 りんごちゃんも私と同じ考えのようだ。

「だが、それはあくまで一般的な判断だ。うちの学校ではどうなるか分からんぞい。ヒッヒッヒ」

 いや、この学校はたぶん普通ですよ。

 ……というより、そのキャラ何⁉︎

「まぁ、三限があろうが無かろうが、どのみちくるみくんと私はここであの箱の行方を追いかけることになるのだが」

「は?」

 私は自分の耳を疑った。

「三限は数学だろう。目黒のおっちゃんは今日お休みで授業はなく自習だ。ならば我々も郊外学習で自習といこうではないか」

 りんごちゃんが心底楽しそうな笑みを浮かべ、私をキラキラした目で見つめてくる。

 止めろ! キサマの享楽で私の宿題の時間を無くすな!

「あはは……りんごちゃん。冗談……」

 私は改めてりんごちゃんの顔を見る。

「……を言っているようには見えないね」

 よく高校生になっても、まだそんな曇りなき眼を出せるな! 私もだいぶ自分で純粋な方だと思っているけど、りんごちゃんに比べたら、もうゴリゴリに濁りまくっているよ!

 私はりんごちゃんから目を逸らし、一度大きくため息を吐く。

「ま、仮にこのまま帰宅だろうが教室で数学の問題を解いていようが、私もあの箱が気になってしょうがなくなるだろうし。結果まで見届けてあげますよ」

 気だるけにそう言うと、りんごちゃんは右手でガッツポーズをし「おお、さすがは都合の良い女だ」と一段と目を輝かせる。

 は?

「それはそうと」

 私がキレそうになるのをりんごちゃんは真顔で制す。

「おかしいねぇ」

「何が」

「例の箱さ。見つかったのは少なくとも今朝だろう。それが数時間が経つにも関わらず、撤去されていない」

 りんごちゃんは軽く笑みを浮かべて、やじ馬の方に視線を送る。

「それだけ危険だからに決まっているでしょ」

「フッフッフ……『いかにも』なテンプレ解答ご苦労! そんなに危険なら、真っ先に我々生徒達を遠ざけるべきなのだ。一限二限とやらずに、すぐにでも帰らせるべきなのだよ! それがどうだ! 今ではあのやじ馬どもを注意するわけでもなく、ただ傍観させている。おかしいと思わないかね!」

 りんごちゃんは言葉を紡ぐ毎にどんどんテンションが高くなっていく。

 私にとっては今のオマエが一番おかしいのだが。

「これはおそらく大人では解けない厄介な問題だよ。あと一分ほどで予鈴が鳴れば否が応でも、あのやじ馬どもは自分の教室へと帰っていく。一部のサボり魔を除いてはね」

 まぁ、そのサボり魔がりんごちゃんと私になるんだけどね。

「その時がチャンスだ。我々の小柄な身体を活かし、あの結界の中へと入り込むのだ!」

 何言ってんのコイツ。

 私はさすがに首を横に振る。

「結果を見届けるとは言ったけど、忍び込むのは違うでしょ! もしやばいガスとか発生していたら、どうするの?」

 仮に毒ガスだったら命の危険がある。いくら例の箱の正体が気になろうが、命までは賭けられない。

「フッフッフ……くるみくん。話を聞いていたかね」

 りんごちゃんは顔を俯かせて、右手を開き三本指で額を軽くトントンと叩く。

 なんだコイツは。探偵気取りか。

「そんなヤバいブツなら真っ先に生徒を避難させる。何度も言わせないでくれ」

 ぶん殴りたい。

「さて……」とりんごちゃんが呟くと同時に校舎から予鈴が鳴り響く。

 りんごちゃんは俯く謎のポーズを決めたまま、予鈴が終わるのを待ち「ミッションスタート!」とマントを翻すように大げさに身体を動かす。

 ……行くしかないのか。

 帰宅、数学の宿題、箱の謎。頭の中で三つを天秤にかけると、やや箱の謎に傾いていた。

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