りんごちゃんとミステリーボックス

でぴょん

第1話 はじまりはじまり〜

「よーし! アチシの被検体、実験体、治験体……つまりはていのいいアチシの友達になりたい人、この指とーまれ」


 クラスの中心でアホ、新橋りんごが叫ぶ。

 ここは木製の机が所狭しと並べられた高校二年生の教室。

 私、上野くるみはどうして朝っぱらから、共感性羞恥を覚えなければならないのか。


「おーい、りんごー。もうそろそろ先生来るから、早く自分の席に着けよー」


 おお、さすがは陽キャで実質クラスのまとめ役の代々木くん! あからさまに変人であるりんごの妄言を華麗にスルーした挙句、きちんと今やるべきことを言って上げるなんて、良い人すぎる!


「おいおい代々木くん。君は馬鹿かね」


 いや馬鹿はお前だろ。


「今、先生来るかどうかは、あの扉を開けるまで分からない。すなわち、先生が来ない可能性を全く捨て去ることは不可能というわけさ」


 可能性うんぬんじゃなくて、毎日のことだろ! 学習しろって! 確かに事故や病気だったりしたら来れないかもしれないよ。でも普通に来るんだよ。来てほしくなくても!


「だったら、勝手にしたらいい」


 ほら、あの聖人の代々木くんだって、やれやれと言いたげにため息しちゃって、ラノベの主人公ムーブしちゃってるよ。


「ふむ。では勝手にやらせていただこう! それでアチシの友達になりたい愚か者は挙手したまえ」


 なんでそう、偉そうなの!

 私がもやっとした感情で、心の中で机を思いっきり叩く。すると教室の引き戸が開き「はーい」と元気よい声を出す人が現れた。


「うぇ⁉︎」


 さすがのりんごちゃんも面食らい、上擦ったような変な声をあげる。


「どうしたの? 私が『トモダチ』ではダメかしら」


 登場したのは神田先生だった。


「い、いやー……」

「どうしたの? まぁ『若干!』の歳の差は離れているけれど、良い関係になれると思わない?」


 おそらくクラス全員が思ったことだろう……若干とは。


「それじゃあ『トモダチ』として、一緒に朝礼を始めましょう。いいわよね。り、ん、ごちゃん」


 りんごは先ほどの勢いはどこへやら。小動物のように縮こまり、神田先生の横で首を縦に頷くしかできないでいる。


「えー……それでは号令の挨拶を『トモダチ』のりんごちゃんに合わせてやってもらいたいと思います。じゃあ、りんごちゃん。お願いね」

「は、はーい。起立、ちゅ、注目、おは……おはようございます」


 おはようございます。……うーん、りんごちゃん、名前のように熟して顔が赤くなってきたぞ。目も心なしか潤んでいるように見えるし。

 全く「普通にする」のが苦手だったら、代々木くんが言った時に座れば良かったんだ。


 しょうがない。


「先生。りんごちゃん。限界のようです。それ以上はアカハラになりかねません」


 挨拶後、私は神田先生にそう言ってみた。正直りんごちゃんが自分で蒔いた種だし、ハラスメントとかいう煩わしい概念は嫌いなんだけどね。


「あら、生徒と教師の関係だったら確かにアカデミックハラスメントになり得るわね。ただ、私はりんごちゃんが『トモダチ』を求めているようだったから、それに答えただけ。それとも何? りんごちゃん。『トモダチ』やめる」


 先生はりんごちゃんに微笑みかける。


「はい……もう絶交したいです」


 顔を俯きつつ、りんごちゃんは答える。

 というか絶交かよ。


「分かったわ。それじゃあ、席に戻りなさいな」


 りんごちゃんはコクンと小さく頷いて席に戻る。

 そう、私の隣の席に。


「全く、神田先生が来るまでは鬱陶しいくらい元気なのに、何で来た途端に縮こまっちゃうかなー?」


 私は机に頬杖をついて、りんごちゃんにこそこそと話しかける。


「くるみくん。君は分からないのかね。『先生』という存在の恐ろしさを」

「は?」

「『先生』は生徒に普通を求める存在。それはアチシにとって天敵だ。アチシに普通の行動を取らせろうすると、コルチゾール又はストレスホルモンと呼ばれる体内物質を大いに分泌させ、過度な緊張状態を作るものだ」

「あー……顔も赤くなるのも、そのエルマタドーラのせいなのね」

「コルチゾールだ。エルマタドーラはドラえもんズだろう」

「あ、そ」


 はいはい。分かったから、そろそろ口を閉じて前を見ましょう。あなたの天敵である神田先生がそろそろ何か言いそうよ。


「はい。では朝の挨拶も終わったことだし、皆さんに伝えることが……」


 神田先生が教員ノートを開き、指でなぞっている。


「二……いや、三件あります。一つは今日数学担当の目黒先生がお休みです。なので、先日宿題で出したプリントをやっておくように。とのことです。まぁ皆さんは既に終わらせていると思いますので、つまるところ自習ですね」


小さく私はガッツポーズをした。目黒先生、宿題やってこないと怖いからなぁ。


「二つ目は市で主催する絵画コンクールの締切が後一週間なので、応募したい方は作品を持って先生の所にきてね。もし私が見つけられない場合は渋谷先生が代わりに対応するから」


 これは絵心のない私には関係ない。


「そして最後に……えー……不審な箱が校庭内に置かれているそうなので、黄色いロープが張られている箇所には近づかないようにしてください。以上です」


 世の中には変な人間は私の隣以外にも沢山いるものだ。

 私は横目でりんごちゃんを見やる。


「クックック……」


 何コイツ笑ってんの!? きもちわる!


「楽しみだねぇ……」

 

 りんごちゃんが小さく呟く。

 は? ま、まさかりんごちゃんが犯人!?


「絵画コンクール」


 なんだそっちか。


 私はこの時、気づいていなかった。まさか校庭内に置かれた謎の箱の正体をりんごちゃんと一緒に探ることになるなんて。


 ……ってマジで!?


 続く

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