再会から始まる異世界生活。残念幼馴染と王の城。

霜月かずひこ

第1話

 私は運命というものを信じてはいない。

 この世界は神様が作った1つのシナリオに従って動いていて、私たち人間にはどうしようもないとか、どうしてそんな理不尽を受け入れなきゃいけないのだろうか?

 今日着る服も、昨日返された赤点ぎりぎりのテストも、高校の友達も、神様に決められた必然なんかじゃない。

 私の人生は私のものだ。

 私や私の大切な人たちが積み重ねてきたものを、顔も知らない誰かの手柄にされてたまるもんですか。


 ――傲慢だ?

 ――驕ってる?

 それでけっこう。

 だって考えてみれば普通のことでしょ?


 舞踏会に行かなきゃ王子様には出会えないし、ガラスの靴を置き忘れなきゃ王子様は迎えには来てくれない。

 要は行動したから結果を掴み取ることができた、それだけなのだ。

 むしろ待ってれば勝手に神様が全て取り繕ってくれるという方が傲慢じゃないか。

 普通の女の子シンデレラが振り絞った勇気を運命なんて曖昧な単語で否定したくはない。


 ――だから私は、




「ようこそ異世界へ。鈴崎小春さん。あなたは死んだのです」

 

 木曜日のモーニングコールはテンプレートなセリフだった。

 のっそりと声のする方に視線を向ければ、黒いコートを着た男が一人、机の上に腰をかけている。

 

 ワオ!

 なんだか知らない場所だし、もしかしたら本当に神様なのかも。

 ってそんなわけあるか。


「…………何やってんの氷夜?」


 目の前で異世界ごっこをしているそいつにツッコミを入れると、私の元幼馴染の高白氷夜は慌てだした。


「アイエエエ! なんで? なんで気付いた?」

「やっぱりね。そりゃあ気付くわよ。こんだけ状況証拠があるんだもの」


 私たちがいるのは異世界モノでおなじみの白い空間……などではなくアンティーク調にコーディネートされた普通の部屋。本棚とカーテンの他には椅子と机が向かい合うように並べられているだけで、勇者召喚の魔方陣はどこにもない。

 これでは異世界転生というより、バイトの面接といった方がしっくりくる。

  

 となると後は目の前の人物の正体についてなのだが、懐かしい雰囲気を漂わせる風貌に加えて私の名前を知ってるという事実があれば十分だった。


「でも俺ら長いこと会ってなかったし、気づかないって普通」

「手紙でちょくちょくやり取りしてたじゃない? まあ長いこと会ってないってのは同意だけどね」


 最後に直接会ったのは小4の時だから、実に7年ぶりの再会だ。


「…………ほんと、久しぶり」 

「…………うん、久しぶりね」


 昔の癖でつい氷夜の頭に手を伸ばすと、氷夜の成長を嫌でも感じさせられる。

 変わってないのは氷夜のトレードマークと言えるアホ毛くらいで、あの頃より声は低くなっているし、人懐っこい顔つきも大人びたものへと変化している。

 私だってそこそこ成長したのに、なんだかずるい。

 氷夜にぞっこんだった頃の私が見れば、イチコロだっただろう。


「で? 性欲を持て余して元幼馴染を誘拐しちゃった高白氷夜くん? 早く自首しちゃった方がいいわよ」

「違うって! 誘拐とかしてないからっ! 異世界に来たの! 小春は!」

「へーそうなんだー」

「棒読み!? 全く感情こもってないんですけど!」

「だって嘘くさいし」


 思い返しても、異世界に行くような記憶はない。

 さっきまでベッドに寝っ転がって本を読んでいただけだ。

 

 ……だいたい、異世界に転移したって言われて「はい、そうですか」と信じる馬鹿がどこにいるのよ?

 物語の中なら違和感はないとしても、現実としてはありえないでしょ。

 

「それとも何? 私は死んでるって言いたいの?」

「いやいや確かに小春が死んだってのは嘘だけど異世界転移したってのは本当なんだって」

「ふーん半分嘘で半分本当ね」


 じっと睨みつけてやると、氷夜は観念したのか両手を上げて降参のポーズを取った。


「悪かったって。証拠なら今から見せるからさ……はいっお手を拝借」

「はぁ…………まあいいか」


 私は呆れながらも差し出された手を握る。 

 ……昔、私が泣いていた時もこうやって手を引いてくれていたっけ。

 ものすごーく残念な奴になった氷夜だけど、こういう所は変わっていないみたい。


「それで一体何を見してくれるわけ? もしかして魔法?」


 机の背後にあった黒いカーテンの前に立った私は氷夜に尋ねた。


「いんや」

「じゃあドラゴン?」

「ノンノン」

「はぁ、あんたね」


 うざい。

 ぶん殴ろうかな。

 殺意をむき出しにする私に対し、氷夜は自信たっぷりに答える。


「そんなちゃちな物と一緒にするなよな。今から見せるのはその10倍はすごい代物さ!」


 そうしてカーテンを開いた先には見たこともない光景が広がっていた。


 蒼天の下に君臨する白き古城。

 外壁は大山を思わせるように高く、四方にそびえる三角帽子の塔の上では龍の紋章が入った旗がゆらゆらと風になびいていて趣深い。

 城下にはカラフルの家々が軒を連ねており、敷き詰められた石畳の上は行き交う人々で溢れている。

 

「何よ…………これ」


 それは御伽噺おとぎばなしの世界を遥かに凌駕した現実で。

 唖然とする私に氷夜は仰々しくお辞儀をして高らかに告げた。


「――さあ、ようこそ小春。ヴァイスオール城へ」


 

 ……現実を知ったあの日から運命を信じるのはやめた。

 ……待ってるだけの愚かな自分はとっくに卒業したはずだった。


 ――でも確かに出会ったんだ。

 愛すべき私の運命って奴に。


*********


「ビバ! ヴァイスオール城!」 


 窓から広がる絶景に心を奪われていたのもつかの間、私は氷夜に連れられてヴァイスオール城にやって来た。

 ヴァイスオールはこの国の王家の名を意味しており、建国当初から存在しているんだとか。

 そんなヴァイスオール城はこの国一番の名城と会って城の内部も豪華なものだ。


 天井で輝くシャンデリアに、タイル張りの床の上に敷かれた赤い絨毯。

 私は日本ではなかなかお目にかかれない絶景を堪能しつつ、城の廊下を我が物顔で歩く氷夜を呼び止める。


「ちょっと氷夜、私をここに連れてきた理由は? それに少しはこの世界のことだって説明しなさいよね」


 ここが異世界だということ以外私は知らない。

 魔法は使えるのか、それとも使えないのか。

 通貨だとか言語だってそう。

 最低限の知識くらいは教えてほしいわ。 


「わかってるわかってる。俺から話すのだってやぶさかじゃないんだけど……やっぱりこの国に一番詳しい人に聞くのが一番と思ってさ」

「ふーん…………その一番詳しい人って?」

「決まってるっしょ国王陛下だよ」

「こ、国王!?」


 王様にいきなり会えるの!?

 確かに異世界だし、お城あるし、何ら不思議はないけれどもっ!?


「ほら早く早く」

「ちょっと、待ってってば」


 予想外の事態にたじろぐ私をよそに氷夜は城の廊下を進んでいく。

 そして歩くこと数分、氷夜は茶色のドアの前で立ち止まると、いつになく真剣な表情でドアをノックした。

 

「……失礼します。高白氷夜ただいま戻りました。ご客人をお連れしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わん」

 

 王様の応答がわかる。

 やっぱりお約束というか、言語は通じるらしい。

 

「んじゃあ、王様とご対面だけど心の準備はいい?」

「すぅ…………もちろんよ」


 深呼吸をして準備は万端だ。

 果たして出てくるのはどんな人か。


「失礼します」


 氷夜に続いて部屋に入った私を出迎えたのは一人の青年だった。


「よく来たな」


 その人は私のことを認識するなり、机から立ち上がってこちらに向かってくる。

 身長は180はあるだろうか。

 長い黒髪に光り輝く黄金の瞳。

 王者の風格を漂わす深紅のマントを身にまとっている。

 端正でクールな顔立ちがそれらと奇跡的に調和していた。


「俺はズィルバークロン王国の王・アキト・ヴァイスオールだ」

「ひ、ひゃ。初めまして鈴崎小春です」


 彼が放つ色気に呑まれて噛んでしまったが、アキト陛下は特に気にした様子もなく、


「……小春か、良い名だな」

「あ、ありがとうございます」

「小春。俺は王ではあるが変に敬わなくていい。俺は氷夜と年齢は変わらないんだ。普通に接してくれて構わない」

「――っはい! アキト陛下」


 うん、かっこいい。

 思い出補正だけの氷夜と違って中身もかっこいい。

 もちろん容姿だって氷夜と比べるまでもない。

 少女漫画に出てきそうな本物の王子様だ。


「ちょっとちょっと。小春もアキト陛下なんてに遠慮した言い方しないくていいんだよ。本人が良いっってんだしさ。ねえアキアキ?」

「そうだな…………だがお前は少しは口を慎め」

「ははっアキトくん手厳しー」


 軽々しく絡んでいく氷夜の様子から二人がそれなりに仲が良いことがわかった。

 ゆるーく接しても大丈夫ということね。


「そうね。じゃあアキトで」

「ああ、それで構わない」

 

 ようやく呼び名が定まった所で、話題が切り替わる。


「さて、そろそろ本題に移ろう。まずはこの国についてだが…………」


 アキトの話を要約するとだいたいこんな感じだ。

 私たちのいるズィルバークロン王国は古くから異世界に行き来を可能にするゲート、異世界門いせかいもんを使って異世界との貿易で栄えてきたそうだ。

 しかし1年程前、突如時空の乱れが発生し、他の世界から迷い込んでくる人が出てくるようになったらしい。かくいう私もその一人だとか。


「でも迷い込んだって割には随分と準備が……」

「いや迷い込んだ先が上空1000メートルとかだったら即死でしょ? だからつながる所をあの部屋に設定してるってわけ。ついでに言うと氷夜くんの仕事はこの城の雑用係兼転移してきた人の案内役」

「ふーん」


 異世界人を保護をしてるってことね。

 よくある悪徳な王朝とかじゃなくて安心だわ。

 あ、でも時空の乱れがあるってことは……


「もしかして異世界には行けない?」

「その通りだ。時空の乱れの影響を異世界門も受けてしまってな。こちらに来る者の座標は設定できても送る方は出来ない。無理にやれば見知らぬ世界に飛ばされるだろう」

「はぁ…………やっぱりね」

 

 異世界って聞いた時から予想はしてたけど、実際に聞くと来るものがある。

 どうしようと頭を抱えていると、アキトが重い口を開いた。


「……だが方法がないわけではない」

「ほんと!?」

「ああ、時空の乱れを直せばいい。門の機能を解放すれば時空の乱れも解消されるはずだ。ただそのためにはカギとなる時空石を取ってきてもらう必要があるのだがな……」

「私、取る! 取りにいくわ!」


 食い気味に答えてしまい、慌てて言い直す。


「べ、別にこの国が嫌だってわけじゃないの。でも向こうには大切な人たちがいるのよ。だからその……」

「――わかっている。問題はそこじゃない。時空石があるのはダンジョンなどの古い遺跡や鉱山なんだ。当然そういう場所にはモンスターが出る。危険が伴うんだぞ?」

「……っ」


  危険と聞いて一瞬たじろいでしまう。

 生まれてこの方そういうのとは無縁のところにいたのだ。

 自信なんてさらさらない。

 ――だけどそれでも、


「それでも私はやりたい……まだ来たばっかの私が言うのは身勝手かもしれないけど、力になりたい」

「いや、本来なら巻き込まれた小春にやらせるべき問題ではないんだ。身勝手なのはこちらの方だ。すまない。詳細については追って知らせる」


 ……こちらこそすみません。

 内心謝る私にアキトが渡してきたのは一枚のカード。


「そいつは我が国での身分証となる。髪や血などを右上の赤い丸の所に捧げると情報が登録される仕組みだ。ぜひ使ってくれ」

「ありがとう……ん?」


 なんだろう。

 よく見ると見たこともない言葉が書き記されている。

 これは一体――


「あーそれ。この国の言語ね。大丈夫、カードに情報を登録すれば魔法が発動してちゃんと読めるようになるから」

「お馴染みの翻訳魔法ね。あれ? でも今、言葉が通じているじゃない?」

「それは俺とアキトくんが日本語を話してるからだよ。アキトくん言ってたじゃん? 異世界に行く技術で栄えた国だって」

「ああ、俺は偶々日本語を習得していただけで、我が国の公用語は日本語ではない。どれ、少し聞いてみるか?」

「お願いするわ」


 疑ってるわけじゃないけど、せっかくなので聞いてみる。


「☆〇〇●××!」

「〇□▽××××☆☆☆!」


 ……うん、やっぱりわからない。

 ちょっと英語に似ているような気もするけど、聞いたことのない言語だ。

 翻訳魔法がないと詰む可能性すらあるわね。


「っ~~」


 私は痛みに耐えながら髪の毛を一本引き抜き、カードにかざす。

 不思議な光を伴ってカードに印字がなされると、氷夜がサムズアップしてきた。


「はい完了! ちなみに氷夜くんは今、日本語しゃべってないからね」

「そうなんだ。なんか不思議な感じ」


 日本語にしか聞こえないのに、口の形から違う言語だとわかる。

 吹き替え映画の世界にいるみたいだわ。


「今は慣れないかもしれないが時期に慣れるはずだ。悪いが俺には職務があるのでな。後のことは氷夜に聞いてくれ」

「アイアイサー。ほら小春も」

「うん。アキトもありがと」


 ……仕事の邪魔になっちゃ悪いわよね。

 お辞儀をしてから氷夜と共に部屋から出ていこうとした。

 しかしドアノブに手をかけた所でアキトに呼び止められた。


「1つ言い忘れていた。改めて歓迎するよ。ようこそ小春。我らの城へ」

「ええ、こちらこそ!」


 こうして私の奇妙な城での生活が始まったのだった。

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