第17話 公爵令嬢は借りたい

ー翌日。

 窓から差し込む眩しい光で目を覚ますと隣のベッドにはもう桜さんはいなかった。

最後にちゃんとお別れを言いたかったのに。しんみりした空気になるのが嫌だったのかな。そんなことを考えながら身支度を整え、宿屋のおかみさんに朝ごはんをお願いし、食べ終わった後はすぐ宿屋を出た。


 今日はDランク試験と部屋探しだ。午前は部屋探しをするために、アリアから紹介されたお店を訪ねた。


「らっしゃーせー!!」


元気な声だがいまいち何を言っているかわからない。


「今日は花をお探しすか。それとも俺っすか」


「部屋を探しております」


「俺との愛の巣をおさがしっすねーーー。りょっりょっりょっす」


 奥から『ちゃんと接客しろ』という声が聞こえてきた。ほんとにチェンジでお願いしたい。言われただけでちゃんとした態度になるなら、最初からこのような接客にはなっていないだろう。ここは貴族流・円滑術を見せるか。


「中心街に住むならココがオススメっす。2LDKで俺の子どもが出来ても大丈夫っす」


「火よ、いでよ。火球ファイアボール


小さな火球を男の髪の毛先に浮かべる。毛先から徐々に縮れ毛になっていく。父から教わった男性との交流手段の一つだ。婚約者がいる女性に近づく男性の毛に火をともし、退散させる。


「ちょっ。やめてください。冗談っす。冗談っす。惚れたのは本当っす」


最後の一言だけイケボで言ってきた。この男が喋れないように何か対策をしなくては。と考えていると店の外から女の子の声が聞こえた。


「土よ、いでよ。土球アースボール


店員の男の頭上から土球が現れ、土が頭から口まで覆った。

アリア、なんの嫌がらせでこんな店を紹介したのか……。自力で違う店を探そう。店を出ようと考えていると、女の子が入ってきた。


「また変なこといってお客さん怒らせたでしょ!すみません。お客様。どんなお部屋をお探しですか」


こちらが本当の店員のようだ。


「町の中心で小さくてもいいので、一人暮らし用の部屋を借りたいです」


「一人暮らし用の部屋ですと月々銀貨1枚~2枚が相場になります。町の中心で空いているお部屋は5か所」


女性店員は5枚の図面を並べて、物件の特徴を説明してくれた。


「一つ目は、中心街の真ん中にあるお部屋です。シャワー室、調理場もついており、以前貴族が使っていたとされるベッドや鏡などの家具もそろっています。広さは一人用とは思えない広さであるにも関わらず、月1銀貨です」


とても好条件に聞こえた。シャワー室は絶対に欲しい。


「なかなか良い物件ですね」


「はい。なかなか良い物件なのですが、住む人が見つからないです。この物件は以前住んでいた死んだ貴族の血が床についており、何度床のマットや床板の張り替えをしても血が浮かびあがるので、誰も住んでくれません。中心街の呪いの部屋としてこの町の7不思議の一つになっています」


「誰がそんな物件に住むんですかっ!!」


「やっぱりそうですよね。私も住みたくないです」


なぜそんな物件を紹介したのか。


「お客様、シャワー室が欲しい、広めの部屋が良い、調理場が広いほうが良いなど希望はありませんか」


「お湯がでるシャワー室は絶対に欲しいです。調理はしたことがないので無くても大丈夫です。部屋は広めがいいですが、贅沢を言える状況ではないので、賃料が安いところにしたいです」


「分かりました。ではこの物件はいかがでしょう。中心街から少し離れますが、部屋の広さはベッド6つ分で、ベッドとシャワー室がついており、近くに料理屋もあります。料理をしない方は近くにすぐご飯が食べられるところがあるといいと思います」


「たしかに、そうですね」


「ではこちらの物件を見ていただいて、問題なければ契約しましょう」


「家賃は図面に記載されている月銀貨1枚で合ってますか」


「はい。大丈夫です」


 早速、物件の内見をしに行く。

 実際に見た部屋は、ベランダへ出入りできるような大きな窓がついており、南側から差し込む光は日当たりもよく、クローゼットもついていた。壁に魔道具らしきものが埋め込まれていたので、聞いてみる。


「これはなんですか」


「そちらは飾りみたいなものです。部屋の温度を調節できる魔道具エアコンといいます。膨大な魔力量が必要でほとんどの人が動かせないんです。ほとんどの人に使えない魔道具なので売れずに放置されています」


「試しに魔力を込めてみてもいいですか」


上級魔法2回分の魔力を吸われた。上級魔法が使えるのはBランク冒険者なのでたしかにあまりいないかもしれない。


ゴゴゴゴゴゴと魔道具エアコンが音を立て、女性店員が驚きの声をあげる。


「エアコンが動いた!?だと」


「いつからエアコンが動いていると錯覚していた?」


魔道具の横で、男性の店員がゴゴゴゴゴゴと言いながら体を震わせている。


「土よ、いでよ。土球アースボール


 女性店員がアースボールを唱え、土球が男性店員の腹部にあたり部屋の外まで飛ばされる。この男性は本当に店員なのだろうか。


「あいつは、ほんとに。どこから入ってきたんだか」


女性店員が呆れたように言葉を吐き捨てる。


 そうこうしているうちに、部屋がさっきより温かくなった気がするが、日当たりが良い物件なのでもともと温かった気もする。


「すみません。お見苦しいものをお見せしました。まさか魔道具エアコンが動くわけないですもんね。この物件で良ければ書類にサインを。住むのはいつからにされますか」


「今日から住みたいです」


「分かりました。今月の賃料で1銀貨、手数料で1銀貨、保証料で50銅貨、保険料で50銅貨いただきます。合計銀貨3枚です」


「保証料ってなんですか」


「保証料は退去するときに部屋が汚れていると掃除したり、張り替えをするので、その時にかかる費用を事前にお預かりしています。もし余った場合は、残高をお返ししますよ」


「そうなんですね」


銀貨3枚を女性店員に渡した。ちなみに保険料とはアンソワ家が考案したシステムで、保証料をアンソワ家が集め、事故や事件で物件が倒壊したときに、修理費を保証するシステムだ。足りない費用はアンソワ家でまかなっている。以前、私は冒険者ギルドで建物を半壊させてしまったが、故意にしたと思われる場合は保証の対象外である


「ありがとうございます。来月の賃料は月末までに届けて頂ければ大丈夫です」


女性店員が部屋を出た。ベッドに座り込み息をつく。

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