第29話 まりもの物語(10)

 「うん」

 まりもは、いつもどおり、明るく快活に答える。

 「父ちゃんにむちゃなこと言われて、いやがりもとまどいもしないで仕事始めるし」

 「いや、それはやっぱり」

 反論する。ちょっとむきになっている。

 「雪降ってて家に入れてもらうのに、お手伝いもしないっていうの、なんか違うって思ったし、それに、とまどうとかそういうの、まりもに会う前にやっちゃってたから」

 ほんとうのことだ。

 まりもはつづけて言う。

 「店でもずっと度胸すわってたじゃない? 父ちゃんが客席のことに気がつかなかったら注意してくれたりさ。だいたいさあ、普通の中学生の女の子って、父ちゃんの大きい声きいただけで引いちゃうよ? だって、小学校のときの同級生の子なんか、うち遊びに来てくれないもん。父ちゃんが怖いって言ってさ」

 いつもまりもが宿題を写させてもらっている子たちのことだろう。

 まりもはさらにペースを上げる。

 「それに、アルバイトのひととか、かならず最初にお皿割ったり、お客さんに持って行くときに上がっちゃったりするんだよね。満鶴みつるちゃんは一枚も割らなかったし、お茶を頼まれて慌てたりもしないで戻って来たし、少々お待ちください、とか言ってさ。だから、才能あるんじゃない?」

 口を閉じたまま笑って満鶴を見ている。

 「たまたまだよ。もし二回めとかあったら、そのときはもっといっぱい失敗すると思うなぁ」

 「ま、満鶴ちゃんだったら、もっといっぱいほかの才能あるからさ。そういう才能を活かす必要もないのかも知れないけど」

 ひくっ、と肩をすくめる。

 「でも、そういう、いろんなところに気もちが行って、初めてのことでもびくびくしないでこなせるってところが、生徒会の役員とかに向いてるんだろうなぁ」

 そうなのだろうか?

 生徒会の仕事では、失敗して、先輩たちに注意されることが多いけれど。

 あのカジカガエルのときも、高校生の先輩たちがいるのに出しゃばるんじゃありません、先輩たちは勉強もしないといけないのに仕事増えちゃったでしょ、と怒られた。

 でも、まりもにそう言われてみると、これまでやったことのない役割とか作業とか任されても、たしかに尻込みはしなかった。

 前の秋なんか、文化祭のちょっと前に会計の子が休んでしまった。運動部を兼部していて、その練習でなんとかいう筋肉を傷めたとかいう事情だった。

 それで、満鶴は、突然、文化祭の会計を一手に引き受けることになった。

 そのうえ、その会計の仕事で、文化祭のダンス部の発表会というのに領収証をもらいに行ったら、そこにいた先輩に

丹沢たんざわいま仕事ないよね? これ原稿だから」

と司会を押しつけられた。

 部の人数が少ないので、部員がダンスして司会もやって、という計画だったのだが、その場でそれは無理だということになったらしい。

 満鶴は断ることは考えないで引き受けた。

 それと「びくびくしない」とは違うかも知れない。

 でも、まりもからはそう見えるんだろう、というのはわかる。

 それで、満鶴は言った。

 「わたし、自分がびくびくしないかどうか、よくわからないんだけど、でも、もしそうだったら、びくびくしないっていうのは、まりもとわたしとでおんなじだね。そういうところは平均してないよ」

 「そんなことないよ。わたしいつもびくびくしてるよ」とかまりもが言い返したとしたら、どうだろう? どう言い返してやろう?

 でも、まりもは

「うん。そうだね」

と言って、こんどははははっと声を立ててはっきりと笑った。

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