第26話 まりもの物語(7)
「ああ」
たしかにぱっと見ただけで
わりと太いめの鉛筆でスケッチしただけで、細かく描き込んでいない。なのに、見た瞬間に、その場所に自分が立っているような感覚に包まれた。
夏、だれもいない、ちょっと湿っぽい空気の神社に、高いところから木漏れ日が差し込んでくる。蝉が鳴いているほかは何の物音もしない……。
次は幸西神社の奥にあるお墓の
奥のほうの、円く盛り上がった土盛りのところにあって、土盛りも石塔も半分くらい苔に覆われている。高い日射しは、夏だろうか、それとも秋の涼しい風のなかだろうか。
それから、さっき言っていた、壊れた風車の絵がある。曇り空を後ろに、羽根が折れていて、風があっても回ることができないのを恨んでいるようだ。
このお姉さんの絵からは、絵に描かれているもの以上の感じが伝わってくる。
それは、満鶴がその場所をよく知っているから。
それだけだろうか。
鉛筆で描いた絵が多かった。太い濃い鉛筆で手早く描いたような絵もあったし、いろんな濃さの鉛筆を使い分けて、写真と区別がつかないくらいに細かく仕上げた絵もあった。
やがて、小さな神社とか、細い路地とか、坂道とかの絵も出てくる。
この近くでは見覚えがない。いまそのお姉さんが住んでいるその
知らない場所の絵なのに、季節とか、時間とか、空気が乾いているか湿っているかの感じまで伝わってくるのだから、絵自体がそれを伝えているのだ。
たしかにこのお姉さんは才能がある。
それとはぜんぜん違う、色を少しずつ変化させていく図柄もあった。これはデザインという分野だろうか。油絵とかもあった。うまいとは思ったが、鉛筆の絵のように、見た瞬間に自分の体に絵の感じが伝わって来ることはない。やっぱり鉛筆の絵がいちばん得意なのだろう。
「こういうのは授業で描いたやつだね」
とまりもが説明した。
写真を繰っていくと、見たような顔の男の人の肖像画が出て来た。やっぱり鉛筆で描いたらしい。この絵は
調理用の帽子をかぶって笑っている、ちょっと歳とってるなって感じの男の人だ。
「父ちゃんの絵だよ」
まりもが言う。やっぱりそうだったのだ。
「本人見ずに描いたんだから、たいしたもんだ」
いや、それは……。
名門美術学校に転入で合格するようなひとの絵を、満鶴のレベルで考えてはいけないのだろうけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます