第24話 まりもの物語(5)

 「いや」

 そこまで言われてうなずくとあのおじさんに悪いと思った。

 「いま食べたけど、おいしかったけど?」

 「そりゃわたしたちにまずいって思われるくらいになったらヤバいって」

 こんどは大きく口を開けてははははっと笑った。

 「いや、まあ、満鶴ちゃんはわたしなんかよりずっと鋭い味の感覚してるんだろうけどさ」

 「あ、いや、そんな……」

 満鶴自身にだって、自分の感覚が鋭いかどうかとかは、わからない。

 たぶん鈍いほうだろう。

 「で、まりもは、ずっとそのお父さんの手伝い、してるの?」

 「ああ、うん……」

 寒くなったのか、手をついたままなのがきつくなったのか、まりもは、ついていた手ではずみをつけて前屈みの姿勢に戻り、こたつの布団をおなかのあたりまでかぶせた。

 「いまはさっきちょっと言ってた店員さんが二人いるんだけどね。基本アルバイトだし、給料安いからみんなすぐやめちゃうんだよね」

 「うん……」

 だから、まりもが働かないといけない。

 どう言ったらいいだろう……。

 お姉さんが身勝手なのだろうか?

 でも、一分で鉛筆で絵が描けてしまうくらいなら、美術系の学校に行きたいと言っても当然だ。そんな子が、美術が三年間勉強できないと言われたらやっぱりあせる。

 それで、自分でチャンスをつかんで、身を入れて勉強したら、身を入れすぎて倒れてしまって、そのお母さんがお姉さんを心配して引っ越す。

 じゃあお母さんが身勝手?

 いや。それも当然だと思う。

 満鶴が、自分のやりたいことにすごい才能があって、自分のやりたいことのためにどこかで独り暮らしするかも、とかいうことはまったく考えられない。考えられないけど、仮にそんなことになったとしたら、満鶴のお母さんは、やっぱりついてくる。

 そして、やっぱり、早く寝なさいとか、早く起きなさいとか、部屋はちゃんと片づけなさいとか、お風呂入るときには必ず掛かり湯してからにしなさいとか、トイレ掃除が雑だとか、いろんなことを言いまくるにちがいない。

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