第23話 まりもの物語(4)

 「ここの店も家も、もともとお母さんの家のものだったんだ。もともとお母さんのほうのおじいちゃんとおばあちゃんがやってた」

 そのお姉さんの進学先について、おじさんの言うことをきくように、と説得したのが、このお母さんの両親だったはずだ。

 満鶴みつるは中途半端に相づちを打つ。

 「うん」

 「それでさ」

とまりもが楽しそうに続ける。

 「父ちゃん、子どものころからこの近所に住んでてさ。そのころからこの店のトンカツを食べに来てて、それがもう大好きだったらしくて」

 「それがもう」の「もう」が、「もーおぅ!」というくらいに誇張されている。

 よっぽど好きだったのだろう。

 「中学生のころとか、親とか、まあ、おじいちゃんとかだけど、父ちゃん側のおじいちゃんおばあちゃんにないしょでしょっちゅう店に来ててさ、で、おじいちゃんのお気に入りの子とかになっちゃって」

 これはお母さん方のおじいちゃんのことだろう。

 「普通は捨ててしまう切れ端とか脂身ばっかりのところとか、ころもだけのかたまりとかも天かすみたいにして揚げて、お父さんにあげてたらしいのね。それで、まあ当然っていうのか、お母さんともそのころから知り合ってて。で、父ちゃんも、最初のころはどこかの会社に勤めてたんだけど、おじいちゃんとおばあちゃんがさ、半場はんばのほうの本家っていうの、ま、そこがお茶農家ってとこなんだけどさ、そこを継がないといけなくなって、この店閉めるってことになってさ。それきいた父ちゃんが慌てて飛んで来て、お母さんと結婚してこの店継ぐから店閉めるのはやめてください、って言って結婚したんだよ」

 「はあ……」

 満鶴はまりもの話についていくだけでいっぱいだ。

 「ねえ、なんかそれすごいでしょ? お母さんが好きだから、っていうんじゃなくて、トンカツが好きだから、って言ったんだよ。それでプロポーズしたんだよ、ほんとに。それでプロポーズ受けちゃうお母さんもお母さんだけどさあ」

 まりもはこんどは声を立てて短く笑う。続ける。

 「それから、おじいちゃんとおばあちゃんは本家のほう継いで、父ちゃんは、お母さんに教わってトンカツとか天ぷらとか作るの覚えて。だから、トンカツとか天ぷらとかはまあ覚えたんだけど、やっぱり性格なのかなあ。ころもを作ったらダマだらけだし、カツにころもをつけるためのたまごをといてもよく混ざってないか泡立ちすぎかだし。だからわたしにやらせるんだよ、ダマだらけにするなとかたまごを泡だらけにするなとか言って。で、お父さんよりはうまくできるんだけど、まあお母さんが作ってたころとは天と地の差。よくお客さんが離れないものだと思うよ」

 言ってまりもはぶすっとして見せる。

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