第22話 まりもの物語(3)
「おっ、よく知ってるねえ!」
まりもにいつもの学校での調子が戻る。
それで
「進学資料で見たから」
と答えた。
芸術系の進学は考えていなかったけど、進学資料の本の芸術系のところに出ていたのを読んだ。
そのときは、美術が中心の学校に行くなんてすごいけど、行くのはどんな人たちだろうと思っただけだった。
行くのは、一年生の最初にあこがれて、それからすぐ嫌いになった子のお姉さんだ。
身近にいたのだ。
「で、そんなところに受かったから、父ちゃんも反対しきれなくて。自分で最高の教育とかなんとか言っちゃったわけだからさ。でも、学校、
「うん……」
「それで、父ちゃんは連れ戻せとか言ったんだけど、今度はお母さんが怒っちゃって、倒れたのはお父さんのせいですよ、とか言って、自分で行ってお姉ちゃんのめんどう見るから、って、葭内に家借りて、お姉ちゃんといっしょに住むことにしちゃったわけ。そしたら、父ちゃんのほうがこんどは慌てちゃってさ」
言って、まりもは「きひひひっ」と笑う。
続ける。
「父ちゃんが、お母さんにも、仕送りなんかしないぞ、とか言ったんだけど、お母さんのほうはもう働くところも決めててさ、あーら、お父さん、いっしょに来ないんですかぁ、とか言ったら、ますます父ちゃん慌てちゃって、もちろん慌ててもでもどうにもならなくてさ」
笑いながら言っているということは、そんなに深刻な話ではないのだろうか。
深刻な話というのは、たとえば、離婚とか。
それとも、ほんとは深刻な話なのに、満鶴に気をつかっている明るく言っているのだろうか。
半日前までの満鶴なら、まりもがそんな気づかいができるわけがない、と思ったところだけど。
まりもはいちど大きく息をついた。
「まあ、お母さんも、自分が行くって言ったら、父ちゃんも店やめていっしょに来るだろうと思ってたたらしいけどさあ」
天井を見上げる。その、色の変わった笠のついた蛍光灯のほうを。
「でも、父ちゃんさ、そこで意地でも店やめなかったんだよね」
それはわかると思った。
さっき、あんなに店が混んでいたのだ。この店がなくなったら、そのお客さんたちはどうするだろう?
「お客さんのため?」
「ああ」
ふいを
「ああ、いや。そんなことないよ、たぶん。たぶん、そんなことない。ここからちょっと半場のほうに行ったら、おんなじような店、いっぱいあるから、ここがなくなってもだれも困らないし、それに父ちゃんはそんな考えかたはしないから」
「うん……」
相づちを打つわけにも反対するわけにもいかない。
まりもは少し身を起こした。
「父ちゃんってさ。お母さんと結婚したっていうより、ここのトンカツと結婚したようなもんだから。その意地だよね」
「ええっ?」
大げさな反応だと自分で思う。
いつものまりもみたいだ。でも、もういいだろう。
「何それっ?」
トンカツと結婚ってなんだ?
「ふふん」
まりもは軽く笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます