第21話 まりもの物語(2)

 「お姉ちゃん、わたしの四つ上でさ、うちの中学校を出たんだよね」

 まりもはぐんと体を伸ばしたままでゆっくりと話し始める。

 「で、絵を描くの好きで、しかもうまかったんだ。ほんとうまかったよ。小学校の五年生で、鉛筆で一分ぐらいでちゃちゃって描いた絵がもうわたしが一日かけても描けないような絵でさ。いまでもあんなの絶対描けないよ、わたしじゃ。それでいまのわたしとおんなじくらいの歳で、遠くまで展覧会とか一人で行ってたしさ。気がつくところが細かいっていうかさ。あれはお母さんの血筋だよね。おんなじ茶葉使ってもわたしとか父ちゃんとかが入れるとあんな味だけど、お母さんが入れると、なんか高級な茶葉使ってるってお客さんに思われるくらいにうまかったし、お姉ちゃんもそうだったなぁ」

 懐かしそうに言う。

 で、その二人はどうなったのだろう?

 「ところが、それで、お姉ちゃんが美術系高校行きたいって言うとお父さんが大反対して。高校行くなら、明るいうちに家に帰って来られるところじゃないと認めない、とか言って。お母さんは、美術系でなくても美術の勉強もできる学校に行かせたい、って言ったんだけど、おじいちゃんとおばあちゃん、あ、お母さんのほうの、なんだけど、その二人が、父ちゃんに遠慮して、お父さんの言うとおりにしなさいって説得して。そうすると、ここから明るいうちに帰ってこられる高校って陣屋町じんやまちしかないじゃない? ほかはぜんぶ半場はんばの向こうか半場まで行って電車だから。半場からのバスの本数も少ないしね」

 「うん」

 たしかに、蓑端みのはたを通るバスよりはずっと多いけれど、それでも三十分か一時間に一本だ。

 朝の通学の時間だけ、十分に一本ぐらいになるだけだ。

 「ところが、陣屋町ってさ、バカ高校でさ」

 そんなことを言っていいのだろうか?

 でも、たしか、偏差値は五〇を下回っていた。

 自分がおぼえてるってことは、やっぱり自分もこのまりもと同じように気にしていたということだろう。

 「授業なんかも小学校とか中学校の復習みたいなのばっかりで、そうじゃないと授業が成り立たないんだって。お姉ちゃん、中学校では成績上位だったのにさ。しかも、お姉ちゃん、芸術の選択科目で美術の抽選落ちちゃって。最初はそれでもがんばってたんだけど、一年生の夏休みごろにまたなんかの展覧会行ってさ、それで、やっぱり絵の勉強したいから転校したい、って言い出して」

 「うん」

 でも、高校の転校って、どうやるんだろう?

 「そうするとさ、父ちゃんが、にやにやしてさ、行くのなら最高の教育の受けられるところに行け、それなら認めてやるが、そうじゃないなら認めん、とか、すごい偉そうに言って。そう言ったら受けるのあきらめるか、受けても落ちるって思ってたらしいんだけど。お姉ちゃん、うん、わかった、って言って、それで春華しゅんか美大びだい附属ふぞくの転入試験受けたら、通っちゃってさ。しかも、春華の先生から電話かかってきて、絶対に来てください、とか言われてさ。で、春華美大って、まあ、美術系の大学としちゃ、全国でも何番めかってところなんだよね」

 「でも、けっこう遠かったよね」

 満鶴がことばをはさむ。

 「葭内よしうちだったっかな?」

 葭内は高級住宅地で知られた街だけれど、隣の県どころか、隣の隣の県とかだったはずだ。

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