第17話 再びまりもの部屋で(1)

 まりもについて水場に行き、エプロンをはずして壁にる。

 また手を洗う。ここでは二人とも黙り気味で、

「先に手洗うね」

「うん」

「水冷たいよ」

「うん」

くらいしか話さなかった。

 暖かかった店からここに入ると寒い。

 二階に上がるともっと寒かった。仕事で汗をかいた背中がすっと冷たくなる。

 まりもの部屋は満鶴みつるが出るときに電灯を消してきたので真っ暗だ。

 「電気まで消さなくてよかったのに」

と言ってまりもが電灯をつけ、ストーブもつけた。部屋のなかなのに、まりもの息が白くなっている。

 「ああ、そうだ。二人だからこたつ出そうか」

とまりもが言う。

 満鶴の返事も待たずに、立てかけてあったこたつを持ち上げると、分厚い絨毯じゅうたんの敷いてあるところに載せた。押し入れから布団を出してこたつに掛け、別のところに立てかけてあったテーブル板を上に置く。

 手伝おうにもどう手伝っていいかわからないし、「手伝おうか」というきっかけもつかめないぐらいにまりもがちょこちょこ動く。

 別の押し入れから分厚い座布団を出して、自分の足もとに一つと、その斜め前、部屋の入口側に一つ置いた。コードをコンセントにつないでスイッチを入れ、自分はさっさと自分の机に近い座布団に座る。

 「あ、座って座って」

と言うので、その斜め前の座布団に満鶴は腰を下ろす。

 正座する。家でもご飯を食べるときには正座なので、それはいいのだけど、落ち着かない。

 服が着慣れていない服だからだろうか。

 手もこたつの布団のなかに入れて、

「ごめんねー」

とまりもが言う。

 「何が?」

 最後が中途半端に高く上がる言いかたが優等生っぽいと満鶴は自分で思う。そういうところが自分であまり好きでない。

 「何もかも旧式なところが、さ」

 まりもは言って、こたつのなかから手を出して手を組んで頭の上に伸ばし、ストレッチするように大きく伸びをした。こうやって目を細くすると猫みたいだ。

 天井の電灯は天井からつり下げた笠つきの円い蛍光灯だった。プラスチックの笠の端のほうの色が変わって茶色っぽくなっている。

 満鶴がまりものかわりに手をこたつの中に入れる。それで背を丸くすると、いちど冷えた全身がまた温まってくる。

 自分の姿勢も猫みたいだと思う。まりもが言う。

 「灯油のストーブに、とかさ」

 「ああ」

 満鶴はあいまいに相づちを打つ。

 満鶴のところも満鶴が幼稚園のころまではそうだった。

 ところが、ある夏、おじいちゃんとおばあちゃんが夏に体調を崩して次々に寝込んだ。

 しかも寝ている部屋がまた暑くて寝苦しいという。ぜんぜん体が休まらなくて、けっきょく秋が来るまで二人ともよくならなかった。

 それで冷房がどうしても必要ということになった。それで、家を一部屋ずつ造り直し、全部の部屋にエアコンを入れた。

 でも、そんなことを言うと、まりもの家は自分の家の十年前といっしょだということになって、「何もかも旧式だ」というまりものことばどおりということになる。だから黙っているとまりもが続けた。

 「店のほうもさ、お茶もサーバー入れようって言ったのに、大きい急須きゅうすに作り置きしたりしてさ。大根おろしも大根四分の一ぐらいずつ手でおろしてるから、急ぎのときは間に合わなくなっちゃうし。フードプロセッサー買ってあるんだけど使わないんだよね、あの父ちゃん」

 「うん」

 たしかに、ときどきまりもが後ろを向いて、顔をしかめるくらいに力を入れて大根をおろしているのは見ていたけれど。

 今度は何か言わないと、と思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る