第16話 ラストオーダー

 おじさんが

「おっこんな時間だ」

と言って表に出た。

 どんな時間だろうと思って満鶴みつるが見てみると、時計は一〇時一〇分だった。

 いつもならば家のまわりは寝しずまって、窓に電気がついている家が二軒か三軒しか見えないという時間だ。

 蓑端みのはたではいまもそうだろう。

 おじさんが外に出ると、まりもがやって来て

「いま気づいたようなふりして、わざとやってるんだぜ」

と小声で悪ぶって言う。

 「何を?」

 「時間外営業、っていうか、時間外労働」

 それで、くすん、と笑う。

 「ほんとは九時半閉店なんだから」

 「はあ」

 それで、おじさんは店を閉めに行ったんだということにやっと気づく。たぶんあの「かつてん」の看板の明かりも消すのだろう。

 満鶴が来たときのようにお店は満杯ではないが、テーブル席の一つには会社員らしい男の人が四人いて、ご飯が終わったあともビールを飲んでいる。

 カウンター席はからになったけど、四人で座れるほかの席には一人ずつぐらいお客さんがいる。

 お店が終わりでもお皿は洗わないといけないので、満鶴は皿洗いを続ける。だいぶ慣れてきた。

 おじさんが店に戻ってきて、まだ席にいるお客さんに

「すみません。ラストオーダーなんですが」

と言っている。「ラストオーダー」ということばが言い慣れないらしく、「ラぁストぉオぉダ」みたいに間延びする。またまりもがくすんと笑った。

 おじさんが戻って来て、まりもと満鶴に

「さあ、今日はもう上がってくれ」

と言う。まりもが

「えっ?」

と驚いた顔をして

「今日はいいのか? いつも後始末とか掃除とかあるだろ?」

 言って、おじさんにはわからないように、満鶴に向かって短く笑う。

 ふだんはそれだけ仕事をさせられている、と、伝えたいのだろう。

 まりもは声を抑えて続ける。

 「父ちゃんが掃除するといいかげんで、テーブルの上にビール瓶置いた跡とか残ってるし、下ごしらえ忘れて明日慌てたりするからな。だいじょうぶなのかよ?」

 態度が大きい。

 「いいから!」

 おじさんはうるさそうに言った。

 「今日はお嬢ちゃんもいるんだから」

 お嬢ちゃんというのは満鶴のことだろう。満鶴はどう反応していいかわからず、ぴくっと首を縮める。おじさんがその満鶴を見てせいいっぱいに笑った。

 「じゃあ、満鶴ちゃん」

 まりもが手招きする。

 「上がろう」

 「ああ、いや……」

 洗いかけのお皿はいいのだろうか?

 「ぐずぐずしてると父ちゃんの気が変わるから、早く!」

 まりもに「早く」と言われたら、いや、おじさんに悪いから、と言うこともできず、まりものほうに行く。まりもが先に台所を出て、満鶴があいまいにおじさんに頭を下げてから続いた。

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