第6話 「たっだいまあーっ!」

 まりもは、満鶴みつるが追いつくとその「かつてん」という店の玄関に向かって行った。

 傘をさっとすぼめる。店の入り口の扉に手をかける。

 「あっ……」

 家に帰るんじゃなかったの?

 それを、帰りにこんな店に……!

 でも、こういうときも乱暴な声をかけられないのが満鶴だ。そのあいだにまりもはがらがらがらっと扉を引き開けてしまった。

 店からは人の話し声や食器のぶつかる音なんかがひとまとまりのざわめきになって流れ出て来た。

 満鶴を振り返ったまりもの顔が、ほんのちょっと恥じらい含みに見えたのは、やはり外食なんかして帰るのが後ろめたいから……?

 満鶴もいっしょに店に入ったものかどうか。

 いや入ったものではないだろう。

 だから、満鶴は傘を差したまま、のれんの外で立ち止まる。

 店のなかを向いたまりもは、店のなかに向かって

「たっだいまあーっ!」

と声を張り上げた。あのむだに元気で大げさな声で。

 向こうで男の人の野太い声がする。まりもはその声に押されたようになって外に出てきた。ふざけたことを言ってどなり返されたのだろうか。

 そう思うまもなく、まりもは、外に待っていた満鶴の左腕を「がばっ」とつかんだ。

 ほんとに、「がばっ!」とつかんだ!

 「いっ?」

 満鶴は傘をたたむ間もなく、店の入り口に引っ張り込まれる。

 事情がよく飲み込めないまま、満鶴は店のなかを見回した。

 店のなかは白く明るい。

 細長い造りだ。入って右側の壁沿いにテーブルが並ぶ。その向かいが調理場らしく、調理場の前はカウンター席になっている。

 調理場からは白い煙が漂っていて、香ばしいにおいがした。そのにおいで食欲というのがふっと湧き上がってくる。

 席はだいたい埋まっている。スーツとかを着た男の人が多かったが、家族連れらしい一団もいた。

 店のなかはざわざわしている。

 テレビの音がしている。やはり雪のニュースをやっているらしい。予想をはるかに超えた雪が、とか言っている。

 「友だち連れてきたよーっ!」

 店のざわめきに負けずにまりもが声を張り上げる。

 調理場から男の人がぬっと顔を覗かせた。

 頭には白い調理用の帽子みたいなのをかぶっている。その下からのぞいている髪の毛には白髪がだいぶ交じっている。頬のあたりには無精ひげが見える。

 おっかなそうなその男の人が、急に笑顔になった。

 「おお連れてきてくれたかっ! ほんと助かったよ。すぐに支度したくにかかってくれ!」

 「はあっ?」

 まりもが大声で言い返す。

 その大声も店のざわめきに吸い込まれていく。ここで普通の声でしゃべっても、たぶん調理場まで声が届かない。

 「いや、友だち連れてきたって言ったんだけどっ!」

 男の人は、首を引っ込めようとしていたところで、もどかしそうにまたまりもを振り向いた。

 「だから、さっき送ったメール見て、手伝いできる子連れてきてくれたんだろ? もう館野たての鴨山かもやまれないっていうんで弱ってんだ。雪でさ。だから一刻も早く入ってくれ」

 「あ、あのう……」

 お。

 あのまりもが弱気になって、言いよどんでいる。

 ここまででだいたいの事情はわかった。

 とっさに判断した。満鶴がまりもに声をかける。

 「あ、いい。わたし、やるから」

 「はあ?」

 問い返したまりもの声のほうがずっと大きい。

 「お店の手伝いでしょ? やるから」

 ちょっと声がはずんでいるのに自分で気づいた。

 「はあ……」

 とまどったまりもの顔があどけない。それに、近くで見ると、たしかに顔一つ分ぐらいの身長差があるのだ。

 知らない人になら姉と妹だと思ってもらえるかな、とちょっと思った。

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