第4話 「かつ天」と同級生(2)

 「川端かわばた……?」

 こいつの名は川端まりもという。

 「こんなとこで何やってんの?」

 まりもは、いつもどおり、無神経な図々しい声できく。

 赤が基調のチェックのマフラーを巻いている。頬がいつも以上にりんごのようにつやつやして赤い。

 速いペースで吐く息が白いかたまりを作って、雪が落ちてくるのに逆らって昇って行く。

 ごまかす気力もなかった。

 「ああ、いや。家に帰れなくなっちゃってさ」

 「え? 追い出されたりしたの? 勘当かんどうってやつ?」

 なんでそういう発想になる?

 いや。

 こいつは、ふだんからすぐに物騒な想像をしたがるやつだ。

 先生が休むと交通事故かとか言う。

 窓の外に煙が見えると爆弾テロとか言う。

 だれがこんないなかで爆弾テロなんか起こすんだ? それよりは山火事を心配したほうがよほど実用的だ。

 でも、テロも山火事もありがたいことに一度も起こったことがない。たぶんどこかの農家が畑で出た作物のくずとかを燃やしている煙だったのだろうけど。

 先生が休んだのが交通事故が原因だったことも、いまのところ、ない。

 そんな相手だから、ほかの相手にならしなくていいであろう説明をしなくてはいけない。

 「いや。道が雪で通行止めになって、バスも止まって家に帰れなくなったんだけど」

 「それで学校に戻るとこ」と言おうとする。しかし、それより先に、頬のまっ赤な川端まりもが言った。

 「じゃ、うちに来ればいいじゃん。丹沢たんざわ一人ぐらいだったら泊まってもだいじょうぶだから」

 泊まる?

 満鶴みつるは慌てる。

 「ああ、いいって」

 「いいからいいから」

 まりもは、満鶴のほうを振り返ることもなく、歩いて行く。

 その「かつてん」というらしい店のほうに。

 「あ、ちょっと……」

 そっちは道じゃないでしょ、と言おうとしたけれど、いらないところで要領のいいこの女のことだ。抜け道を知っているのかも知れない。

 断るにしてもまず声をかけてからだ。黙っていなくなると、この女は大騒ぎしたがりなので、満鶴が雪のなかで行方不明になった、遭難したと言って騒ぐかも知れない。

 さっきバックして来た車の運転席から男の人が顔を出した。まりもがそのひとに声をかけている。声はよく聞き取れなかったけれど、運転席の男の人に向かって、体をかがめたまま、左手でその車の後ろのほうを指さしている。まりもらしい、思い切りのいい体の動きだ。車はまりもの指さしたほうへバックのまま勢いよく動いて行く。

 そこで振り返らなかったら、そのまま学校に行こうと思う。でもまりもは振り向いた。

 「何やってんの丹沢たんざわ。早く!」

 「あ、ああ……」

 やっぱり学校まで行くから、とは言えなかった。

 「ああ」

 そう優等生っぽい声で言って、まりものところまで急ぎ足で行く。

 いや、急いだつもりはないが、これまで雪を蹴って歩いていた勢いで行くと自然と早足になった。

 まりもの、赤い頬と赤いマフラーと、黒くてつやのいい髪がまぶしい。

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