第3話 「かつ天」と同級生(1)

 少し行ったところの道の横、電柱のような柱の上の高いところに白く光る看板が出ていた。

 あたりは暗くて、その看板だけがまぶしいくらいに白く明るい。看板の光が照らし、まわりをふわふわと落ちる雪のかけらがひときわ白く光る。

 看板には筆で書いたような文字で黒く「かつ天」とある。

 毎日見ている看板だ。ここを通って毎日学校に通っているのだから。

 でもこれまで気にしたことはなかった。

 満鶴みつるは足を止めた。

 足がだるい。重たい。しばらく休まないと前に進めそうもない。

 看板の向こうは駐車場になっていて、その奥はお店らしい。

 満鶴はその店に目をやった。

 瓦屋根で、たしか瓦の色はつやつやした灰色だったと思う。いまはその屋根が分厚い雪に覆われている。

 一階がお店になっている。手前には満鶴の背より高い竹が並んでいて、店の全体はここからは見えない。その竹の上にも雪が分厚く積もっている。

 駐車場には車が並んでいた。

 満鶴が立っている前を、いままた灰色の乗用車が店のほうに入って行った。

 竹の並んだ向こうに見えなくなったが、満鶴が動かずにいるとバックしてゆっくりと戻って来る。

 気もちが迷った。

 店の様子からしてここは食堂か飲み屋らしい。

 いまから学校に戻ったところで、ろくな食事はないだろう。

 学校は地域の避難所になっているので、非常用食糧は常備してある。

 生徒会の役員として学期に二度ぐらい避難所の設備や備蓄をチェックする。

 チェックしているから知っている。

 倉庫には、ミネラルウォーターと、ご飯のパックと、インスタントの味噌汁と、インスタントラーメンと、乾パンぐらいしかない。

 学校に帰り着いたときにご飯の時間が終わっていたとしたら、それも食べられないかも知れない。

 でも、生徒会の役員が帰りに買い食いしたりしたら、よくない。まして、お酒を出す店に中学生一人で入るなんて。

 やっぱり、学校に、と思ってうつむいたまま歩き出そうとしたら、学校のほうから、じゃく、じゃくと雪を踏みしめる足音がした。

 この雪のなかで狭い歩道ですれ違うのも億劫おっくうだ。その人が通り過ぎるまで待つ。

 相手は足を止めた。

 「よ。丹沢たんざわじゃん」

 女の声だ。思わず顔を上げる。

 歩いて来た相手は、同じ学校の女子の制服を着ているらしい。看板の明かりで、コートの袖の下にセーラー服の袖の白い筋が見えた。

 ふだんならば生徒会役員らしい表情を作るところだが、そんな余裕もなかった。

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