第十六話 徴用

 カヴァルカント学園の正門前。そこには二台の馬車が停まっていた。


 私が馬車に向かおうとするとアンジョラ様が私のトランクケースを持って駆けつけて下さった。卒業式の後は王城に戻る予定だったから荷物をまとめていたのだった。


「システィナ様、お荷物です・・・勝手に取ってきて済みません」

「まぁ、わざわざ持ってきて下さったのですねアンジョラ様・・・何から何までありがとうございます」

「アルカンジェロ殿下のこの仕打ち・・・私は一生忘れる事は出来ません!今は何も出来ないけど・・・必ずシスティナ様の無念を晴らして見せます!!」


 気負う彼女をそっと抱きしめる。突然の事でびっくりされたようだ。


「どうかおやめ下さい・・・そんな事より貴女のような方とお知り合いになれて私は光栄でした、それだけで満足です・・・またお会いしましょう!」

「うぅっ・・・システィナ様、どうか・・・どうかお元気で!」


 少しの間抱擁した後、私は意を決して馬車に向かう。迎えた兵士が横柄に尋ねてくる。


「ソァーヴェ嬢というのはアンタか?そろそろ出立するぞ、荷物を馬車に運びこむんだ」

「はい、お待たせしました・・・それで私はどの国に行く事になるのでしょうか?コルムー?ウィザース?それともオヴロでございますか?」

「アンタを連れて行くのはそんなトコじゃねぇ・・・外国に出るこたぁねぇよ」


 兵士の言葉に耳を疑う。国外追放になるのではなかったのだろうか?


「では一体どちらに??」

「・・・戦場さ」



◇◇◇



「開門!負傷者を運びこめ!!」

「衛生部隊、スキルの準備を・・・12(ドーディチ)!右足無くした重傷者だ、頼む!!」

「はいっ・・・」


 イラツァーサ王国の東のエスポージト砦にて負傷兵が運び込まれてくる。


 あれからは私はアルカンジェロ殿下の決定-国外追放-ではなく、最前線で戦う部隊の衛生部隊「ルーチア」の衛生兵として徴用された。毎日まいにち負傷者の治療で忙しく重労働だ。


 その上服の洗濯に兵隊たちの料理の手伝いまでさせられる事になった。年長者達に叱られながらも一つひとつこなしていく。


 そうして婚約破棄騒動から一ヶ月が経っている。衛生部隊の服に身を包み長い髪を一つ結びにする事で以前よりも軽快に動くことが出来る。


 しかし却ってこの状況はありがたいかも。婚約者の殿下から婚約破棄された身としてはショックが大きかった。ここでは軍務の多忙さもあって塞ぎこんでいる時間はない。


 そしてここでは「システィナ・ソァーヴェ」ではなく何故か「ドーディチ12」と呼ばれている。追放された身分だから名前を抹消されたのだろうけど、この番号は徴用された順番なのか本名から取ったのだろうか由来は分からない。


 突然説明も聞かされないまま「ドーディチ12」呼ばわりされた時は、お母様やご先祖様から頂いた「システィナ・ソァーヴェ」の名前を捨ててしまったようで罪悪感に襲われていた。それも時が経つにつれて薄れていく。慣れというものは怖いもの。


「はぁはぁ・・・つ、次は・・・」


 5人の重傷者を治したところで力尽きそうになる。でも欠損している負傷者が3人もいるのでまだ倒れる訳にはいかない。


「おい!もうドーディチ12が限界だ、後は他のヤツラで対応してくれ!!」

「はぁはぁ・・・構いません、私が・・・あぅっ・・・」


 立ちあがった瞬間、私の目の前が暗くなった・・・





「はっ!・・・ベッドの上、か」

「ようやくお目覚めかい?お嬢さん??」


 またもや気がつくとベッドの上だった。身体を起こそうとするも力がまるで入らない。ゆったりした動作で私の上半身を支えてくれる年長の女治療士「7(セッテ)」。

 ご年齢は四十代ぐらいで目つきが鋭く日に焼けた小麦色の肌を持つふくよかなご体型。そして男性と見間違うかのような短い巻き毛の髪型だ。


「すみません、またスキル使用で倒れてしまってご迷惑を・・・」

「なぁに、誰もアンタがサボってるなんて思っちゃないよ!お陰さまで死にかけのヤツラだって息を吹き返したんだ・・・それに今日は戦も休業日さ、だからコレ食って休んどきな!ってコトだよ・・・ほら」


「いただきます・・・ん」


 手渡されたトレイを受け取りシチューをすくったスプーンを口に運ぶ・・・味が全くない。初めて軍隊食なるものを口にした時は思っていたよりも美味しいものだったのにここ数日から味が感じられなくなってしまった。

 とは言え食べない事には働く事は出来ない。薬だと思って食べきる事に。


「ごちそうさまでした・・・セッテ様、ありがとうございます」

「よしなよ、様づけなんてさ!そんな呼び方されたら背中がかゆくなっちまうよ!」

「申し訳ありませんセッテさん、ついクセで・・・」


「・・・ホントは敬語もいらないんだけど・・・それにしてもアタシみたいな不行跡やってきた人間はともかく、どうしてアンタみたいなお嬢さんがこんなところに来たのかねェ??ここは王国の掃溜めだよ!」

「・・・・・・」


 蓮っ葉な喋り方だけどセッテさんは私に気遣ってくれる優しい方だ。こんな人から聞かれるとつい話してしまいそうだけど気軽に打ち明けられるモノではない。


「ああっ!気にしない!言えなくて当然さね、アタシだって自慢できる事は何もないさね」

「・・・お気遣いありがとうございます」

「ああもぅ、分かったからそのお嬢様言葉はよしとくれよ!それじゃ今日はしっかり休んでおくんだよ?」


 セッテさんはそう言って食事のトレイを引き下げる。食事を済ませると身体の疲れが心地よく感じられる。そのまま再びベッドに横たわり眠る。





「・・・集合だぁぁ!手の空いてるヤツぁ食堂に来い!!」


 砦中で響き渡る怒号に目を覚ます。辺りを見ると夕焼けの光が窓から差し込んでいた。


 幾分調子の戻った身体を起こして衛生部隊の服に着替える。9歳ぐらいの頃からパーティードレスのような豪華な服以外の着換えは自分でやってきたから問題はない。


 慌てて食堂に向かうと・・・みすぼらしい身なりをした兵士達でごった返していた。少しすえた体臭が漂ってくる。


 気がつくとセッテさんがそばに来ていた。


「お嬢さん、アンタ起きて大丈夫なのかい?今日は戦はないって言ってただろ?」

「すみません、兵隊さんの呼びかけが聞こえたので・・・この方々は?」


「ああ、コイツラは最前線の最前線で働く特殊部隊『マラコダ』の連中さ・・・移動中にこの砦で物資の補給しにきたんだ、だからアタシらはコイツラの給仕をしなきゃならない・・・大きな声じゃ言えないけど大半は元罪人の連中でね、お嬢様のアンタがいると面倒になりそうだから引っこんでおきな?」


 そう言ってセッテさんは慌ただしく厨房に向かって行った。



 入ってきた特殊部隊の皆さんは旺盛な食欲を見せて食べまくっている。まるで食事だけが楽しみだと言わんばかりに。


 その中で礼儀正しく黙々と食事をされている人が・・・あの方は!!


 その場を眺めていた衛生部隊の隊長さんにお願いしてみる事に。


「お?ドーディチ12の嬢ちゃんじゃないか、身体はもういいのかい?」

「隊長様、どうかあの方とお話させてもらえませんか?」


「ん~奴らとは接触する事自体許されてないんだが・・・嬢ちゃんには重傷者を治してもらってるしなぁ・・・仕方ない、5分間だけだ!立場上俺もつき合うぞ?」

「ありがとうございますっ!」


 隊長とともにあの方と向かい合わせの席に座る。変わらず分厚いメガネをかけていらっしゃるけど以前と違って髪型がボサボサになり虚ろな表情をされている。

 でも間違いなくビアジーニ教授だった。


「お久しぶりです、教授」

「・・・あ!貴女は・・・そぁー」

「ここではドーディチ12と呼ばれていますので」


 一瞬驚いた顔だったけどお顔が活き活きとされてきた。やっぱり私の知っている教授だ。


「教授のような方がどうしてこんな危険な部隊に・・・」

「僕の事はどうでもいいんです、貴女こそどうして衛生兵など・・・」


 他に聞いている人もいるので関係者の名前は伏せた上で、求められるままに婚約破棄騒動を語る。それを聞く教授の顔は怒りに歪む。


「ひどい話だ・・・あの方、いやアイツは婚約者にこんな処置をするなんて・・・僕が学園にいればこんな事には」

「もう済んだ事です、それより教授のお話を」

「僕のは・・・簡単に言えば運が悪かったというか自業自得というか」


「・・・お二人さん悪いが時間だ、それ以上はダメだ」


 隊長の警告が冷たく響く。もうそんなに経ってしまったのか。肝心な話が聞けなくて残念だ。ビアジーニ教授にはどうかご無事でいてほしい。そう思った私は。


「隊長様、ナイフをお貸し下さいな」

「一体何を・・・」


 怪訝な顔をされながらもナイフを貸してくれる。後ろで一つ結びにしていた髪を掴んでばっさり切る。


「ぉ、おい嬢ちゃん!そいつぁ・・・」

「そぁ・・・システィナ嬢!どうして!!」

「今の私には何もお渡しすることが出来ません、どうかこれをお持ち下さいませ・・・」


 ナイフを隊長に返し切った髪の房を教授に手渡す。頭が軽くなったのは今まで感じた事の無い感覚だ。

 覚悟を決めて切ったにも関わらず後から涙があふれてくる。こんなに心にくるものだとは考えもしなかった。


 私の髪を受け取った教授は涙ながらに訴えてくる。


「ぼ、僕は・・・僕こそ何も出来な・・・うぅっ」

「私がお願いする事は・・・教授のご無事だけです、次に会う時も元気なお姿をみせて下さいませ・・・もういいです、隊長様」

「ぁ、ああ・・・よし、行くぞ」


「貴女もどうか・・・ご自愛下さい・・・」


 そんなつぶやきを耳にするも振り返らない。もう一度お顔をみると我慢できずに言ってしまいそうだったから。学園の時では絶対に言えなかった想い。


 『私、システィナ・ソァーヴェは・・・いつもお優しいビアジーニ教授をお慕いしておりました』

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