第十七話 襲撃

 その後一ヵ月間はいくつかの砦を移動して回る事に。私のいる衛生部隊「ルーチア」は兵隊たちの快復ぶりが評価されているらしく、様々な戦地に派遣されている。そして今は西のフィロガモで活動中。


 目の前の重傷者に鬼力を込めていく。お腹に空いた大きな穴が見事に塞がる。治療の終わった頃を見計らって隊長様が私の肩を軽く抑える。


「よし、交代だ!ドーディチ12の嬢ちゃん、休んでな」

「はぁはぁ、まだ3人目です・・・後4人ぐらいは」


「ったくクソ真面目だな、アンタに倒れられちゃ俺達の士気が下がるっての!」

「ホントだよ!とにかくアンタは自分の身体も大事にするこった、これは上司命令だからね!!」

「承知しました・・・」


 衛生部隊の隊長様からセッテさんにまで言われたので下がって休む事に。


 この衛生部隊に入った当初、貴族生まれの私は身の回りの事など出来ない事が多く平民出身の兵士達にはよく叱られたものだ。でも一緒に過ごしていると部隊の皆さんがとても良い人達だとわかってきた。

 カヴァルカント学園でも平民の方と接した事はあったけど私の身分が邪魔をして深い付き合いをした事が無かった。


『平民などは我ら貴族とは人間が違う、話す価値もない』


 とはお父様ルビカントの言葉だ。今までじっくりとお話してきた事はなかったけど、周りの大人達から聞くにお父様は元伯爵家の三男だったとの事。家を継ぐべき長男がいるからあまり領地の事には関わって来なかったのだろうか?逆に、


『平民、特に領民は大切にして接しなさい・・・いつかは貴方を助けてくれるから』


 これは母フランカの言葉だ。小さい私をピクニックに連れて行ってくれた時には、領民達から声を掛けられ楽しく過ごしていたのを覚えている。思えばあれは私を楽しませるためだけではなく、領地領民の様子を自分の目で見ていたのだろう。今更ながら母の偉大さを思い知る。


 今の私はもう貴族では無い、でも母フランカの信念は見習いたいものだ。



◇◇◇



 少し勝手の慣れてきたフィロガモ砦にてゆっくり身体を休めているとけたたましい伝令の声が飛んできた。


「伝令、特殊部隊『マラコダ』がガストーニ砦の防衛線で全滅!一方砦は王国国防軍が加勢したため無事に死守した模様!」


 ガストーニ砦・・・特殊部隊のマラコダ・・・それはもしかして!


 騒然となっている砦の会議室にノックをして入る。そこには砦の軍幹部が机を中心に議論していた。その中で貴族らしい人が私を叱る。


「なんだ貴様は!今は軍議中だ、部外者は立ち入り禁止だ!!」


「申し訳ありません、ガストーニ砦の特殊部隊の件を教えて頂きたく参りました!伝令の方と話をさせて下さい、お願い致します!!」

「衛生兵の知るところではない!さっさと出て行かないと処罰するぞ!」


 私がなおも交渉しようとすると後ろから両肩を抑えられる。衛生部隊「ルーチア」の隊長だ。


「司令官、私の兵が失礼を致しました!この者は私が責任を持って管理しますので・・・」

「早くつまみだせ!それでは軍議を続ける・・・こちらの残存部隊をもって」


 隊長に連れられて部屋の外に出た。隊長は宥めすかすようにして言う。


「全く、ここは衛生兵の入るところじゃないぞ?嬢ちゃんが無礼を働けば俺の首だけじゃ済まなくなる」

「ご、ごめんなさい・・・でも私!」

「大丈夫だ、そう思って伝令役からガストーニ砦の事を聞いておいた・・・嬢ちゃんにはかなりキツイ話だぞ?」

「それでも・・・お願いします!」


 これより3日前、ガストーニ砦にてモンスターが大量発生した。それを迎撃するべく特殊部隊「マラコダ」が出撃。如何せん勢いの強いモンスター達に砦の正規兵は防御陣を敷いてこれに対処。国防軍の加勢もあって砦が陥落することは無かった。


 しかし砦の周りにはモンスターの死骸と特殊部隊の兵隊たちの死体が群がっていて生存者はいなかった。つまりビアジーニ教授も・・・


「大丈夫かい?俺もこんな事でウソや気休めは言いたくないんだ・・・」

「はい・・・大丈夫です」

「俺達のいる場所は戦地だ、自分の知り合いが死んで行くのを嫌になるほど見てきた・・・惨い言い方だがふっ切っておくんだ、でないと次に死ぬのは自分だぞ?悪いが俺は会議に戻らなきゃならねぇ」


 隊長は会議室に戻る。その瞬間、足元から力が抜けて座り込んでしまう。

 しかし・・・涙が出てこない、教授が戦死したのは悲しいハズなのに・・・そんな私をいつの間にか来ていたセッテさんが支えてくれた。


「お嬢さん・・・アンタ『マラコダ』の連中の話を聞いたんだね?」

「はい・・・でもおかしいんです、あそこにいた私の恩師が亡くなったのに涙が出てこない・・・私、無慈悲な人間なのかしら」

「アンタはそんな人間じゃないよ、悲しむより驚いてるのさ・・・手貸してあげるからしっかり立ちな?休養も仕事の内なんだ」



◇◇◇



 次の日、朝一番に鬼力の循環運動-いわゆる準備体操を始める。これをやっておかないと鬼力の循環が悪くなりスキルが上手く扱えなくなる。


「ん・・・あれ?鬼力が流れない??」


 今日はいつもと違って身体の中を流れる鬼力が流れない、というよりも鬼力があるのかすら分からない??これじゃ治療スキルが使えない・・・


ドーディチ12のお嬢さん、何やってるのさ?早く支度しないと置いてかれちまうよ!」

「え、はい!今すぐ参ります!!」


 そう、今日は衛生部隊がここフィロガモ砦を引き払う日だ。ここからの南に位置するドゥランテ砦にてモンスター戦での死傷者が増えたためだそうだ。


 だから今日は移動だけなので治療スキルを使う必要はないハズ。ドゥランテ砦についてからセッテさんに相談してみよう。


 荷物のまとめは昨日から準備はしていたので問題ない。もともとトランクにあったのは最低限の着換えのみで後はトランクと一緒に処分している。大事なものと言えば理鬼学の教科書数冊とお母様の肖像画ぐらい。それらをリュックサックに詰めている。


「よし、衛生部隊・・・出発だ!!」

「「はっ!!!」」


 隊長の号令とともに衛生部隊10人がフィロガモ砦を後にする。南下するのに森の中を通る事に。いつモンスターが出てくるかわからないので警戒しながらの行軍だ。


 歩くこと2時間、ドゥランテ砦が見えてきた。さっきまでいたフィロガモ砦よりは小規模な建物だ。


「開門、我らはフィロガモから要請を受けた衛生部隊だ!砦の隊長殿に取り次いで欲しい!!」


 隊長の呼びかけにもまったく応じないドゥランテ砦。普通なら平時でも見張りの兵士がいるハズなのにそれも見当たらない・・・もしかして!


  「Gururu・・・Woooooaaa!!!!!」


 我々が通ってきた道から数十体ものモンスターが飛び出してきた!その姿は赤い毛色をした狼。うなり声を上げながら迫ってくる。


「隊長!やべぇぜ、こっちは戦闘要員じゃねぇ!早く砦ン中に逃げねェと!」

「わ、分かった!みんなで門をこじあけるぞ!!力を貸してくれ!!!」


 隊長の指示通りに門の扉に手をかける。


「いくぞ、ウーノドゥーエ・・・トレっ・・・あ?!」


 号令と共に力を入れるとあっけなく扉は開かれる。中にいたのは・・・前足が異様に長い猿達が待ち構えていた!


「Kiaaaaaa・・・・・・KisyaaaaaaaAAAAA!!!」


 こちらも何十体もの猿が長い腕を使って石を投げてくる。私達が砦に入ってくるのを待っていた?


「くそがっ!門を閉めろ!!おらぁあああっ!!」


 隊長の指示通りに4人の衛生兵が開けた扉を再び閉める。お陰で石はこちらに当たらなかったけど運悪く石が当たったのか1人の兵士が倒れていた。


「急いで治療を!」

「ダメだドーディチ12の嬢ちゃん!コイツは即死だ・・・ここは逃げるぞ!殿になって俺らが守ってやる、セッテ!嬢ちゃんを引っ張ってやんな!!」

「あいよ!ほら、ぐずぐずしないで逃げるよ!」


 セッテさんに手を引っ張られるも隊長達を置き去りに出来ない私は声をかける。


「で、でも!隊長さん達が・・・」

「気にすんな、俺らもコイツらと道連れはゴメンだ・・・適当に相手して逃げてやる!」

「隊長達もああいってるんだ・・・野郎の覚悟を無駄にするんじゃないよ!」


 後ろ髪をひかれつつもセッテさんと一緒に獣道に入りこむ。命がけで走っているからどれが正しい道なのかなんて考えていられない。



 何とか森の中を抜けてようやく広場に出たと思いきや、


「Gururururu・・・・・・」


 三体の赤い狼が後を追ってきていた。それを見るなり私を背に庇って杖代わりの棒を構えるセッテさん。


「ぜぇぜぇ・・・こんなとこでくたばってたまるかぁ!!」


 狼たちはセッテさんの絶叫にひるんだかに見えたけどその内の一体が彼女に襲いかかり飛びかかってくる!


「せぃやぁああああああっ!」


 セッテさんの棒はがら空きになった狼の胴体を打ち抜く。倒れた狼はすぐさま足を揃えてたちあがろうとするも、何故か再び倒れてしまう。


「へへっ、理鬼学治療術の悪用さね・・・棒に鬼力を込めて突いた部分を止血すりゃアイツらの血液の流れを止められるってワケさ・・・ぁぐぅ!!」

セッテさん!」


 セッテさんのスキを突いたもう一体の狼が彼女の左腕に噛みつく。慌てて狼を引きはがそうとするもセッテさんに突きとばされてしまう。


 更にその間に最後の一体がセッテさんの首筋に噛みつく。


「っ・・・・・・くそったれがぁああああああああああああああ!!!」


 次の瞬間、棒が風車のように振り回されたかと思うと二体の狼はふっ飛ばされた。起き上がらないところを見ると事切れたようだ。


 血塗れとなったセッテさんもその場にうずくまる。

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