第十五話 アルジェント・リ=イラツァーサ
「わが小隊はコルムーの先鋒を打ち破りました!」
「ウィザースの索敵兵を虱潰しに叩きました」
「オヴロの駐屯兵を迎撃!」
「ふむ、大義であった・・・恩賞を取らそう程に」
王城にひっきりなしに報告が入り込んでくる。
我がイラツァーサは領土こそ広いものの未だ人間の手が入らず手つかずの荒野が多い。加えてサダン・ダグラド・バィワの三山からやってくるモンスター共の脅威と戦わなければならない。
その上生産力は特別高い訳では無く特産品もないので、他の領地から奪い取らねば国民の暮らしは成り立たない。
故に諸外国コルムー・ウィザース・オヴロの三国とせめぎ合いを行っている。戦争は愚策の中の愚策、と言われるが自分の領地で賄えないものは奪いとる以外にない。
それに我が国の列強たる姿を見せ続けなければ、いづれ国内の貴族達は見切りをつけるに違いない。もはやこの流れを止められるものはいない。
「父上、どうかお聞き届けを・・・」
「またその話か、お主は一体あのシスティナの何が気にくわないんだ?!」
「・・・アイツは俺に相応しくないです・・・」
待ちに待った念願の王子アルカンジェロは余に似て武闘派の性格だ。頭も悪くは無し武技にも長け理鬼学すら使いこなしておる。余の跡取りとしては相応だ。
ただあまりに武闘の面が強過ぎて女への免疫がないというか。選んだ婚約者システィナ・ソァーヴェには優しく接する事が出来ないでいる。
王妃メリッサ曰く『まだ子供』との事だが、いい加減にしてもらわないと貴族達から王太子としての品格が疑われるものだ。
そのシスティナ・ソァーヴェ・・・父親のルビカント・ドゥーカ=ソァーヴェの凡庸さとは似ても似つかないほどの優秀さを持ち、すでに王太子妃教育の教師からほぼ合格済みの判定をもらっている。控え目で大人しい性格なので我を立てず見事にアルクを支えてくれるであろう事は想像に難くない。
更にシスティナはガストーニ砦において神のごとき力を持っている事が判明した。戦闘で失った手足を完全復元させるなど到底信じられる話ではないが、この目で現場を見た以上信じるしかない。
依然文句をのたまうアルクを制してカヴァルカント学園にて理鬼学を習得させる事に。
学園への手続きを終えた宰相フェルモ・ドゥーカ=スタツィオが怪訝な顔で問いかけてくる。
「しかし・・・陛下を疑う訳ではありませんが、あのご令嬢が神のごとき治療術を持つなど信じられませぬ」
「であろうな?ではスタツィオ、その方にはシスティナの治療スキルの正体を探ってもらいたい・・・カヴァルカントの教授に頼めば最適であろう」
「なるほど・・・御意に」
すぐさま行動に移したスタツィオは学園の教授ルカーノ・ビアジーニに依頼したようだ。あの者はこの世界最高峰のエーゼスキル学園の首席卒業生で、我が国から国費留学させたのだから断れる立場にはない。スキル研究にも内密の依頼をするにも良い人選だ。
この国は三山のモンスターどもと諸外国とのせめぎ合いで軍事に事欠かない。当然負傷者も多く肉体を欠損した場合は兵士を引退せざるを得ない。
もしシスティナがスキルを使いこなして再起不能となった負傷兵達を完全復帰させられればこの国から「軍事力の低下」という単語は消え去る事になるだろう。故に我が息子アルクにはシスティナと結ばせ決して手放さないようにさせなければならん。
システィナのスキルが知れ渡っている今もしあの娘を実家に帰すような事になれば、ルビカントは娘の能力をダシにわが王家に迫ってくるだろうからな。あのような凡庸な者に王家の保有する大事な領地や爵位をやすやすとくれてやる訳にはいかん。ただでさえ戦果を上げた兵士達への報酬を用意せねばならんのに。
◇◇◇
王城のプライベートルームにて。
「報告書を見せてもらったが・・・エーゼスキル学園出身のお主にも分からん、という事かビアジーニ?」
「恐縮です、何分にもまだ未熟者ですゆえ」
宰相スタツィオに依頼したシスティナのスキルの正体を探っていたルカーノ・ビアジーニから直接話を聞く。しかし提出してきた報告書の内容の域を出ないものであった。
余に対してへり下った物の言い方ではあるが、平然とした態度からは言葉通りの感情をもっていないようだ、まだ若いのに随分人を食った男だな。
「控えよビアジーニ、陛下の御前であるぞ!」
「これはうかつでした、私の様な身分では王城のマナーを知る機会がなかったもので」
「いい加減にしろ!不敬罪で投獄されたいのか!!」
「よさんかスタツィオ、確かにこの者の言動には何も問題はなかった・・・だがビアジーニよ、一年間も調べて『何も分からない』では困るのだよ」
「ただただ自分の不甲斐なさを恥じるばかりです・・・恐れながら私見を申し上げて宜しいでしょうか?」
「構わん、申せ」
「有り難き幸せ・・・システィナ・ソァーヴェ嬢は神のごとき治療スキルを持つと言えども所詮ただの無垢な少女に過ぎません、とだけ申し上げます」
「何を言うのかと思えば・・・くだらん、王家にあってそのような感傷は無用のもの・・・ましてや今の国の状況を考えればシスティナの力を手放す事など出来ん、軍にとってシスティナの力は必要不可け・・・」
思わず口走った事に驚き慌てて口を塞ぐ。この若者のありえない発言から人に聞かれてはならない本音をうっかり漏らしてしまうとは!
跪いていたビアジーニはゆっくり立ち上がり強い眼差しをもってつぶやく。
「なるほど、それが陛下のご意志ですか・・・システィナ嬢は王太子妃となられる方です、どうかご再考を」
「兵士よ出合え!その者は陛下に不敬を働いた!!捕えて投獄せよ!!」
「「「ハッ!」」」
気を利かせた宰相の言葉で人払いしていた部屋に3人の兵士が突入しビアジーニを拘束する。何とコヤツは抵抗すらしないで身を任せおった。あまりの呆気なさに拍子抜けしてしまう。
兵士に後ろ手を取られたままのビアジーニに向かって言う。
「何ともあっさり捕まったものだな、エーゼスキル学園で学んだスキルならば兵士三人など物の数ではないであろうに・・・やはり自分で言う通りに未熟者なのだな?」
余の嘲りに怒るどころか微笑をもって応えるビアジーニ。
「僕は反逆者にはなりたくありませんので・・・ここで暴れれば僕を処刑する大義名分が出来てしまう、陛下の不興を買うぐらいでは済まされないでしょうから」
「・・・構わん、そ奴を投獄致せ!」
ビアジーニは兵士によってこの部屋から地下牢へ連行される。謁見の間での狼藉なら周囲の目もあるので処刑も可能だがここはプライベートルーム。そんな事をすれば詳細な罪状を用意せねばならぬ。だがそれは出来ん事だ。
奴を捕えた側の余が負けたような気分だ。
そばで様子を見ていた王妃メリッサが珍しく顔を怒らせて語りかけてくる。
「陛下・・・あの者は即刻死罪とすべきです!」
我が妻ながら随分物騒な事を言うものだ。
「そうすれば溜飲も下がるであろう、しかしあの者の言ったように不敬罪ごときで処刑すれば周囲からどんな反感がくるか分からん・・・うかつな事は出来んよ」
「違います、あの者はあろう事にシスティナに少なからず懸想している模様・・・あの娘はアルクのものです!!あんな者にくれてやる訳には参りません!!」
更に意外な発言に驚く。ヤツの言葉からそこまで分かるものなのか?女の勘というヤツなのだろうが男の余には理解できん。
そう言えばメリッサはシスティナとは仲が良かったのだな。婚約者のアルクとは仲良くならないのに不思議な話だ。
「確かに役目とは言えシスティナに近づかせ過ぎたのかも知れんな・・・はてさてどうしたものか」
どうすべきか思案していると宰相スタツィオが発言する。
「では私めにお任せ下さいますか?陛下のご気分を妨げる事無く、また王妃様にご心配をかける事無く・・・見事にあ奴の口を塞いで見せましょう」
いつに無く残酷な表情で言ってのけるスタツィオに少し恐怖を覚えるも頼もしくも感じる。奴に任せておけば安心だろう。
◇◇◇
カヴァルカント学園の卒業式前日にて。
「くそっ!あの馬鹿息子めが!!婚約破棄だと!?人がどれだけ気を使ってるかも知らずに!!!」
カヴァルカント学園に通う令嬢の親、マルキーゼ=アマート、コンテ=バンフィ、コンテ=カルツァの当主達からの報告だ。
何故かここ2~3日学生寮に宿泊しているアルクは三人の令嬢に命じてシスティナとの婚約破棄を計画しているようだ。
更に始末の悪い事にシスティナの義妹ラウレッタ・ソァーヴェをも巻き込んでいる。治療専科の聖女らしいが学園の生徒達からの評判では貴族にはあるまじき無作法で傍若無人との事。何もかも完璧なシスティナとは似ても似つかないそうだ。
そんな娘を王家の婚約者に据えてどうするつもりなのだあの馬鹿者は!自分の息子ながらここまで愚かだとは思わなんだ!!
学園は政治とは無関係なので王家が介入する訳にはいかんが、四の五の言っている場合ではない。こうなれば卒業式に強行突入しかない!
余の怒りをなだめるようにメリッサが口を開く。
「陛下、だったら婚約破棄された可愛そうなシスティナを私達で迎えてあげようではありませんか?」
「??どういう事だメリッサ」
「ソァーヴェ家に放った間者によるとシスティナは実家では冷遇されていた様子、そんな所にしか戻るところがないのであれば私達で彼女を保護し、ほとぼりが冷めるまで離宮にて静養させてはいかがでしょう?」
なるほど、王権を以ってすれば学園など多寡の知れたものだが悪しき前例を作りかねない。ならば婚約破棄は成功させてシスティナを引き取ればいい訳か!
「それは名案だメリッサ!だがアルクが手を出しているラウレッタとやらはどうする?そのまま無罪放免には出来んぞ?」
「彼女には・・・アルクを誑かせたお仕置きを致しましょう」
そういうメリッサの目は暗く沈んでいた。
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