第十四話 追放

「・・・第十二期生の卒業式を終了致します!卒業生の諸君は国の未来を背負って立つべき立場だと言う事をお忘れなく・・・」


 カヴァルカント学園の卒業式も無事に終わる。粛々と式を終える中、教授陣の在席している方を伺うとビアジーニ教授の姿だけが無かった。


 先日教授の差し伸べた手を払うような事をしてしまったのだから不快にさせてしまったのだろう。出来ればきちんと謝罪した上で今までのお礼を言いたかった。



 学園のホールにて卒業記念パーティーが行われる。貴族・平民共々の参加でトラブルやケンカ以外は無礼講だ。


 そんな中、突然声が響き渡る。


「諸君、私事ながらここで時間をお借りしたい・・・システィナ・ソァーヴェ嬢、ラウレッタ・ソァーヴェ嬢は前に」

「はいっ!」

「・・・はい」


 いの一番に飛び出たラウレッタはあろう事か殿下の腕に抱きつき満足そうな顔をして周囲を見渡している。ここでは学園の制服で参加する事が条件なのに、あろう事か淡いピンク色のドレスを身にまとっていた。


 私が御前に来たのをきっかけに殿下は話し始められる。



「この場をもって私アルカンジェロ・プリンチペ=イラツァーサはシスティナ・ドゥーカ=ソァーヴェ嬢との婚約を破棄とする!」


  ざわざわ・・・


 突然の申し出に騒然となるパーティー会場。殿下が私に向かって問い詰める。


「システィナ嬢は義妹ラウレッタ嬢を理由もなく事あるごとにマナーや礼儀作法を盾に虐待していたそうだな?」

「事実です、仰る通りラウレッタの礼儀作法は公爵家令嬢としてあるまじきものでしたので・・・」


「アルク様・・・こう言っていつも私をイジメてくるんです、こんなの私のお姉様なんかじゃないわ!!」

「聞けばお前とラウレッタ嬢は血が半分しか繋がっていないのだとか?気にくわないからと言って虐げている者に王太子妃、国民を慈しむべき未来の国母となる資格はない!!」



「異議あり!」



 そう言って庇うように私の前に出たのは治療専科のアンジョラ様だった。


「なんだその方は?私はその方の発言を許可した覚えは無い!」

「失礼、私は治療専科の聖女代行を務めておりますアンジョラ・ネローニと申します・・・そちらのソァーヴェ嬢にはずいぶんとお世話をしてきたつもりですわ」


「・・・くっ、何よ!どうしてアンタがお姉・・・この人の味方なんか」


「恐れながら殿下、システィナ様のラウレッタ嬢へ行っていたのは注意に過ぎず無闇に苛めていたものではありません!彼女の無作法は治療専科だけでなく騎士科や普通科の生徒達もよく周知しております!!皆さん、そうですわよね!?」


「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」


 しかし帰ってきたのは否定も肯定もしない沈黙だった。誰も彼もがトラブルには巻き込まれたくない様子が見て取れる。その様子に愕然となるアンジョラ様。


「誰も証言しないではないか、これではその方の証言もでたらめという事になる!」

「ちょ・・・貴方達!普通科も騎士科もあれだけシスティナ様のお世話になっておきながら!!」


「アンジョラ様、おやめ下さい・・・」

「いいえ、言わせて頂きます!こんな言いがかりでシスティナ様を婚約破棄なさるとは恐れながら殿下のお考えを疑います!!」


「無論それだけではない、彼女にはまだ王太子妃として不適格な事実があるのだ!普通科生にすぎないシスティナは治療専科の聖女の座を簒奪しようとしたのだとか?」

「そうよっ!私が活躍していたのが気にくわないからって治療専科の娘達を使って聖女の座を奪おうとしてたなんて・・・泥棒猫じゃない!!」


「それには証言者もいる、シモーナ・マルキーゼ=アマート嬢!テクラ・コンテ=バンフィ嬢!ヴァンダ・コンテ=カルツァ嬢!証言するように!!」


 この方々は・・・私に聖女交代を勧めた方々!


「はい・・・私達はシスティナ様に・・・」

「お、脅されて聖女交代への署名に・・・」

「ドゥーカ(公爵)の権力を使うと言われて・・・」


 当の私に聖女の簒奪をけしかけておいてそれを断られた腹いせのつもりだろうか?三人とも目が泳いでいる。

 そばにいたアンジョラ様は信じられない面持ちでいる。


「そ、そんな・・・何かの間違いです!システィナ様はそのような事をされる方では」

「その件に関しましては事実ではありません、そのお三方は私に聖女になるよう勧めてきましたが普通科生の私には不相応・・・ですのでお断りさせて頂きました」


「そ、それは」

「ぅ・・・ウソでごさいますっ」

「公爵令嬢だからと・・・」


 三人はしどろもどろになりながら否定する。不機嫌な表情をした殿下が私に問い質す。


「その証拠は?」

「その経緯を知っているのはお三方と私のみ・・・口頭によるやり取りですので証人もなければ証拠もありません」


 治療専科の応接室にてされた密談だ。証拠は無い。


「ならばお前の証拠不十分という事になる、こちらには三人の証言があるのだからな」


 殿下の我を押し通す様に驚いてしまう。ぶっきらぼうな方だけどここまで無理強いする方ではなかったハズ。そして更に信じられない事を口にされた。


「そして何より・・・先日のバィワ山のモンスター掃討作戦では禁止されていた治療スキルを使用し、あまつさえ専門外の治療専科生に対して指示を出し聖女ラウレッタに暴力を振るった!」

「そうよ!私が聖女なのに勝手に治療専科をアゴで動かして・・・私だって国防軍の兵隊の治療やってて疲れてたんだから休んで当たり前じゃない!それを殴るなんて信じられない!!」


 確かに王城ではその事に叱責を受けたけど一週間前には謝罪されていた。またその話を蒸し返してしまうとは。


 殿下とラウレッタの主張にまたもやアンジョラ様が耐えきれず口を出す。


「そんなの当然よ!治療専科の聖女なのにケガ人を放っておいて堂々と休んでいるのがおかしいのよ!!それで引っぱたかれるぐらいなんて甘い処置ですわっ!!!」

「何よ何よ!関係ないアンタは引っこんでて・・・」

「ネローニ令嬢、この件はラウレッタ嬢の言われる通りその方には関係がない・・・控えてもらおう」


 またもやアンジョラ様の言い分を抑え込んでしまう殿下。これ以上彼女に迷惑をかける訳にはいかないので私が答える。


「それに関しては否定致しません、しかし戦闘中の緊急事態でしたので対処させて頂きました」

「だが普通科生が治療専科の指揮を取るのは越権行為だ、王太子妃となるからにはそのような行為は認められない・・・ましてや自分の妹に暴力を振るうなど」


 殿下の主張は益々強引なものになってくる。周りの生徒達の反応も殿下に対して疑いを持っているようだ。でも誰もが賛成もしなければ否定もしない。



「以上の罪状をもって改めて宣言する、私アルカンジェロ・プリンチペ=イラツァーサはシスティナ・ソァーヴェとの婚約を破棄する!」


 そうか、そこまでして殿下は私を王太子妃から外したいようだ。元々愛されてはいないようだったけどここまで嫌われているとは思っていなかった。


『ぶ、ぶっきらぼうで汚い言葉しか使えん俺だが・・・お前を悪いようにはしない!だから何があっても信じてくれ!!』


 一週間前のお言葉の真意は何だったのだろう?私には何が正しいのかもう理解が出来ない。

 ・・・もういい、そうまでして婚約破棄を望むのなら無理に抵抗する必要もない。


 しかしアンジョラ様は負けじと言い返す。


「こ、このような魔女裁判は認められません!王族たる方がこのような野蛮な振る舞いではこの国は!!」

「控えろと言ったハズだ、今日の事は学園の中だから不問とするがそれ以上の反論はお父上ヴィスコンテ=ネローニ殿に抗議させてもらう!」


 殿下のトドメの一言に動けなくなってしまうアンジョラ様。最後までお一人で私の味方をしてくれた彼女に対して感謝と何もできない申し訳なさが募り、思わず震えている彼女の右手を優しく握る。


「アンジョラ様、ここまで私の味方をして下さいまして感謝します・・・でもこれ以上は貴女の身にも迷惑がかかる事、後は私が受け入れれば済む事です」

「そんな・・・システィナ様ぁ・・・」


 涙を堪えながら私を見つめるアンジョラ様。


「では沙汰を言い渡す・・・義妹ラウレッタ嬢への虐待・治療専科の聖女簒奪未遂・治療専科への越権行為、以上の罪状を以ってシスティナ・ソァーヴェは王太子妃候補から外し・・・国外追放とする!!」


 国外追放・・・予想外の事態に足元がふらつく、もうこの国にいられなくなるとは。

 慌てて私を支えてくれたアンジョラ様は叫ぶ。


「システィナ様、お気を確かに!こんなのないわ!いくら王太子だからって勝手に公爵家のご令嬢を、ご自分の婚約者をここまでむごい目に合わせるなんて・・・この方にはもう居場所がないっていうの!?」


 居場所がない・・・そうだ、私にはもうソァーヴェの家に帰る事は許されない。でもあそこにももう私の居場所は無い。だったら国外追放になったとしてもそれほど違いはないのかも。


 アンジョラ様の支えをもって立ちあがり、カーテシーにて応える。


「国外追放の件・・・承知致しました、どうやら私は王太子妃として至らなかったようでございます」


 私の申し出に何故か顔を曇らせる殿下。


「あ、ああ・・・では今すぐ学園の正門へ行け!そこに迎えが来ている!!」

「陛下と王妃様にはよしなにお伝え下さいませ・・・それでは」


「もうアンタとはお別れね!今日からは私がソァーヴェの娘なんだから、早く出て行きなさいよ!」


 勝ち誇るラウレッタ。とうとうこの娘は礼儀作法を身につけさせるまでには至らなかった。この有様ではソァーヴェ令嬢としても聖女としても、あるいは王太子妃としても立派に振る舞えるのかが不安になってくる。


 でももうそんな心配をする必要はない。私はソァーヴェの、この国の人間ですらなくなったのだから。


 私の足は学園の正門に向かって歩き出していた。

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