第十三話 抑制
「・・・無い!どこに行ったのよ私の教科書・・・」
廊下でラウレッタが落ち着きなく騒いでいる。
「・・・ぷっ」
「くすくす、教科書ですって?」
「座学なんて全然やる気ないのに・・・」
そのはしたない様を見て笑っている三人の令嬢。とりあえず黙って様子を見る事に。
「あ・・・またアンタ達なの?私にこんな嫌がらせばっかりして・・・」
「あら、何をおっしゃるの?」
「私達、貴方に何か致しましたかしら?」
「言いがかりはよして欲しいですわ」
いつもならラウレッタを助けるべきなのだろうけど助けても感謝はされないだろう。それだけなら構わないけどあの娘は物事を曲解するところがあるからどう受け取られるか分からない。
諍いを横目にその場を去ろうとすると三人の令嬢の一人が話しかけてきた。
「あ、これはシスティナ様・・・ごきげんよう」
先に声を掛けられてしまった以上無視する訳にはいかない。
「皆さんごきげんよう、ラウレッタも」
「・・・・・・ふんっ」
ラウレッタは私から顔をそむける。当然だけどまだ根に持たれているか。謝罪しようとしても相手が受けないのだからこれ以上はどうすることも出来ない。
「システィナ様・・・いいところにいらっしゃいました、是非お話を伺いたいのですが」
「??一体どのようなご用件でしょうか?」
「ここでの立ち話も何なので・・・治療専科の応接室までいらして下さいな」
「ちょ、ちょっと!聖女の私に許可なく何勝手に応接室使おうとしてるのよ!!」
「あらあら・・・なんてはしたないお言葉」
「貴方だけの応接室ではありませんわ聖女様」
「そういえばお探し物があったのではなくて?」
三人の挑発するような物の言いように今にも喰ってかかりそうなラウレッタ。これ以上騒ぎを大きくしないためにも場を移すべき。
「承知しました、では参りましょう」
「う・・・勝手にしなさい!後でアルク様に言いつけてあげるんだから!」
治療専科の応接室にて。三人のご令嬢と向かい合わせになってソファーに座る。
「それで・・・お話とは?」
「失礼ですが・・・ご姉妹のラウレッタ様では聖女は務まりません」
「私どもとしては治療専科の聖女をシスティナ様になって頂きたいのですわ」
「貴方様ならばご身分・実力共に認められる事間違いなしです」
「恐れながら、お断りさせて頂きます・・・私は皆さんとは違い普通科生、治療専科の重職につくのはあきらかな越権行為です」
「っ、どうしてですか!システィナ様のスキルは神のごとき・・・」
「現在私は普通科においても理鬼学の学習や実習から外れておりますので」
「で、でもっ・・・先日の国防軍との作戦では」
「あれは緊急事態だったので差し出がましい事をしたまでに過ぎません、貴方がたには代行のアンジョラ・ヴィスコンテ=ネローニ様もいらっしゃいます・・・彼女も大変優秀でございますわ」
「だって彼女の家はヴィスコンテ(子爵)じゃない!私達のような格上のコンテ(伯爵)の令嬢がいるのに聖女は相応しくありません!!」
「残念ながら理鬼学で貴族の上下は関係ありません、ラウレッタもネローニ様もお気に召さないのであればご自分で聖女を目指してはいかがでしょうか?」
「そ、それができれば・・・」
「・・・苦労はしませんわ」
「私達は理鬼学なんて教養として学んでいるだけで・・・はっ!」
私は部屋の隅に置かれていた一般教養の教科書を拾い上げる。本の後ろには「ラウレッタ・ソァーヴェ」の文字が書きなぐられていた。
「とにかく普通科の私に依頼するのは筋違いというものです・・・後妹ラウレッタの無作法は姉として申し訳ない事ですが、彼女に対しての『嫌がらせ』は認めておりませんので・・・それでは失礼致します」
私の警告に物も言えない三人には構わず応接室を後にする。部屋のそばではラウレッタが立っていた。
「お姉様、私から聖女の役を奪うなんて許さな・・・それ、私の教科書じゃない!返してよ!!」
私が差し出すと奪うように受け取るラウレッタ。
「聖女の役目はお断りしました・・・ラウレッタ、自分のモノぐらい自分で管理なさい・・・自分の荷物を失礼にも人に運ばせているからこんな目に遭うのよ?」
「何よ何よ!私がどうしようと勝手じゃない!私をひっぱたいたクセに偉そうに言わないで!!」
「・・・貴方は私が謝罪しても許せないのでしょう?だったらこれ以上謝罪しても意味がありませんから」
「ぅぅ・・・アンタが学園に来てから全然上手くいかなくなったのよ!アンタが来るまでは皆私に文句なんて言わなかったんだから!そんなに父様や母さんに愛されてる私が憎かったの!?」
「ここは学園です、家庭の事を持ち出すのはマナー違反よ」
「ぅるさいうるさいうるさい!いっつもマナーマナーマナーばっか言って・・・それしか知らないの!?父様に言いつけてやるっ!!!」
そう言って走り去るラウレッタ。もうあの娘とは分かり合えないのが分かってくる。陛下のご命令とは言えこの学園に来た事が間違いだったのだろうか?
◇
カヴァルカント学園の卒業まで後一週間となった。本学の最終試験の結果が張り出される。
最終試験 結果発表
第一位 アルカンジェロ・プリンチペ=イラツァーサ
第二位 ティト・カナーリ
第三位 アンジョラ・ネローニ
・
・
・
第九位 システィナ・ソァーヴェ
殿下は見事に第一位だった。そして私は第九位、首席結果を残せなかったけどこれで私が殿下を脅かす事はない。点数を下げるとは言っても下げ過ぎると殿下の婚約者として失格になってしまい、殿下の評判を下げる事になるからだ。
「ソァーヴェ嬢、こちらでしたか」
「これはビアジーニ教授・・・ご機嫌麗しく」
ビアジーニ教授に向かい挨拶をする。この方は私の授業や実習を担当していないので研究の助手がなければほとんど会う事はない。教授は怪訝な表情をして聞いてくる。
「最終テスト・・・残念でしたね、まさか貴女があのような順位だとは信じられません」
「失態をおかしてお恥ずかしい限りです」
「・・・まさかとは思いますが、『彼』に対して便宜を図ったのでは?もしそうであれば学業ではあるまじき行為です」
教授のするどい推測に喉が詰まりそう、でもしっかりとお答えする。
「お買い被りです、私にそこまでの器量は御座いませんので・・・」
「ソァーヴェ嬢、宜しければ研究室で・・・」
相変わらず優しい教授に甘えたくなる、でもそれは許されない。もうすぐ卒業となるのに教授に迷惑をかけたくは無い。
「せっかくですがお断り致します、教授がいち生徒を特別扱いしてはあらぬ疑いを持たれますわ」
「これはうかつだった・・・では困った事があれば相談に」
「こんなところで何をしている?」
思わずびっくりして振り向くとそこにはアルカンジェロ殿下がいらした。
「これは殿下、ご機嫌麗しく・・・ビアジーニ教授からご教示頂いただけです」
「・・・そうなのか教授?」
殿下のお顔がいつになく厳しい。それより驚いたのがビアジーニ教授の態度。眼鏡をかけ直して言われた言葉。
「何、普段から成績優秀なソァーヴェ嬢には何かご心配事でもあるのかと伺った次第・・・教育者としては当然の事です」
分厚い眼鏡の内から見える冷たい目。私の知っている優しい教授のお顔ではない。自分が叱責されているようで思わず目をそむけてしまう。
しかし殿下も教授に負けない冷たい目で言い返す。
「そんな事は貴殿がお考えになるまでもない、と言ったハズだが?」
「恐れながら殿下、そばで咲いている『花』は手を施さなくとも咲いているとお考えなきよう・・・ソァーヴェ嬢、失礼致しました」
教授は依然冷たい目で意味不明の事を言われると、私に向けて笑顔を向けてその場を後にした。どうやら私の成績不振で怒られていたのではないようだ?
「全く・・・以前といい王太子に不敬なヤツだ、卒業したら罷免させてやる」
「あ、あの・・・殿下??」
「あ、ああ・・・ただの軽口だ、本気に取るな・・・それより俺もお前に話がある、付き合ってくれ」
「承知致しました・・・」
校舎の外にあるひと際大きなイチイの木。その下で何故かそわそわしながら話し始める殿下。
「そ、その・・・先日の城では・・・悪かった、いきなり怒鳴ったりして」
突然の謝罪に驚くもしっかりとお応えする。
「もう済んだことです・・・私に至らない事があったようで申し訳ない限り」
「いいや、お前にはどうすることも出来ない事だったんだ・・・どうかあの事は忘れてくれ」
目を合わせないところは相変わらずだけどこんな穏やかに言葉を仰るのは珍しい。
「それより・・・そろそろこの学園も卒業だな?」
「ええ、ここでは色々な事を学ばせて頂きましたわ・・・おこがましい事ですが王太子妃になっても教えてもらった事を活かせるよう頑張ります」
「そ、そうか・・・卒業パーティーはあくまで学生の身分だからドレスを贈ることは出来ないが・・・」
「承知しております、他の皆さんも制服なのですから気に致しませんわ」
「ぉ、俺は・・・お前を危険な立場から助け出したい!大田石日なんて・・・(*)」
「えっ・・・」
「ぶ、ぶっきらぼうで汚い言葉しか使えん俺だが・・・お前を悪いようにはしない!だから何があっても信じてくれ!!それじゃあ!」
そう言って殿下は走り去って行かれた。最後のお言葉がよく分からなかった。少なくとも王城の時のように不機嫌だった訳ではないようだ。
ともかく後一週間で卒業だ、これ以上トラブルが起きないように過ごそう。
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(*)この誤字は仕様です。表現の一種として受け取って下さい。
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