第十二話 叱責
イラツァーサ王城の大広間にて立食パーティーが開催されている。制服を着用した大勢のカヴァルカント学園生を前にして国王陛下の声が轟き渡る。
「カヴァルカント学園生徒の諸君!この度の国防軍との共同作戦では見事なる連携を見せてくれた!本日は諸君のためのパーティーだ・・・気兼ねなく楽しんでくれ!!」
万雷の拍手をもって応える学園生達。そして全員出された料理にがっつく。本来であればマナー違反とお叱りを受けるところだが、国王陛下の計らいでトラブルやケンカ以外は無礼講となっている。
もっとも私は王太子妃候補という立場上無邪気には楽しめない。王太子アルカンジェロ殿下と共に生徒達を労わなければならないからだ。最初に陛下と王妃様にご挨拶する。
「父上、お疲れ様でした・・・学園生達にお言葉賜り嬉しく思います」
「国王陛下、この度は私ども学園生のために盛大なパーティーを開催頂き誠にありがとうございます」
「ははは、カタくならずとも良い・・・学生達の姿を見て久しぶりに若い頃にもどった気分だよ、なぁメリッサ」
「ええ、元気にふるまう姿を見ていると頼もしく思えますわ・・・アルクは何でも危険な時に学生達に見事な喝を入れて指揮をしたのだとか」
「いえ、大した事では・・・」
「謙遜するな、その方のお陰で混乱せず戦いを勝利に導けたのだ・・・まさしく王の器だ・・・それにシスティナも普通科生とは言え治療スキルで活躍しているではないか、やはり余の見こんだ通りの結果を出せているようだ」
「恐れ入ります父上」
「そ、そんな・・・恐縮です」
「うふふ、システィナさんは普通科生で騎士科と治療専科との間を掛け持ちしながらの活動だったからさぞ大変だったでしょうに」
「まだまだ未熟です・・・ただただ全力で対処させて頂きました」
「うむ、これならアルクと共に戦場に立てるのではないかな?二人で共に戦う姿を見せれば国民達はより力を合わせてくれる事になるであろう!楽しみにしているぞ?」
「・・・はっ!」
「はい」
陛下のお言葉に返事をする一瞬、殿下の顔が苦痛を受けたような表情だった?しかし何事もなかったかのように陛下の御前を引き下がる。
「諸君、作戦御苦労だった!楽しんでいるか?」
「はい!自分達ごときが王城にご招待頂けて・・・感謝です!」
「戦闘中の殿下の檄、感激です!」
「ソァーヴェ嬢も騎士科の重傷者の治療、ありがとうございました!」
「皆様、御無事でなによりです」
続いて殿下と一緒に騎士科の主だったメンバー、普通科の面々と挨拶を交わしてゆく。作戦の成功もあって皆さんの気分は上々だ。
そして治療専科の場所に行くと・・・何故か聖女のラウレッタが孤立している?
作戦ではあの娘の怠惰な振る舞いに思わず引っぱたいてしまって以来、一度も言葉を交わしてはいない。元々家でも会話らしい会話もした事が無かったのに姉とは言えあんな事をするべきではなかった。きちんとあの娘に向き合って謝ろう。
様子を見に行こうと足を進める私を手で制する殿下。
「待て、お前が行くと逆にこじれそうだ・・・俺が行くから治療専科への挨拶は任せた」
そう言ってラウレッタの元に歩み寄る殿下。お手を煩わせて申し訳ないけど任された以上は挨拶回りに集中しよう。
「皆様、この度はお疲れ様でした」
「これはシスティナ様、この度はお世話になりました!」
「私達への指揮、有り難かったです!」
「お陰で迷うことなく活動できました!」
治療専科の皆さんに声をかけると全員が私の方に詰めかける。口々に賞賛して下さるので嬉しいのやら恥ずかしいのやら。
「システィナ様、私が軍の命令で持ち場を離れた際の代行指揮、感謝に堪えません」
そう言ってきたのはアンジョラ・ヴィスコンテ=ネローニ令嬢だった。
「いえ、私は咄嗟に行っただけに過ぎません・・・ネローニ様こそお疲れ様でした」
「どうかアンジョラとお呼び下さいませ・・・それにしても失礼ながら殿下もお優しいことですわね?婚約者を置いて一人で呆けているご令嬢に声をかけて・・・」
「ネロ・・・いえ、アンジョラ様・・・殿下の事を悪く言われるものでは」
令嬢らしからぬ発言に声を潜めて警告する。
「分かっています、不敬にもあの方に不満があって言ったのではありません・・・ただ気遣っていらっしゃるそのお相手が」
「・・・私にも悪いところはありましたから」
「システィナ様は悪くございません、戦場で見返りを考えて判断する方がおかしいのです!平手打ちぐらいでは足りませんわ!!」
「どうか、そこまでにして下さいませ・・・」
興奮するアンジョラ様を慌ててなだめる。私の味方をしてくれるのは嬉しいけど王城でこんな事を平然と言っては周囲の人達にどう判断されるか分からない。
一時間後、パーティーもお開きとなり学園生は解散となる。私も未だ学園生だから王城に残らず学園寮に帰る事になる。
城の外にある馬車の発着場へ向かうと殿下とラウレッタがいた。
「殿下、ラウレッタにお気遣い頂いてありがとうございました」
「いや、気にするな・・・それより」
「ええ、承知しております・・・ラウレッタ、先日は引っぱたいてしまってごめんなさい」
「・・・・・・」
「あの時はお前も感情的になっていたんだ、何も叩く必要はなかったハズだ」
「ええ、分かっております・・・だからラウレッタ許してちょうだ」
「・・・何よ何よ何よ何よ何よ!!!どうせアルク様が謝れって言ったからやってるだけでしょ!本心から謝ってないのは分かってるんだから!!」
「そ、そんな・・・私は!」
「私はお姉様に負けないんだから!!聖女の名前も渡さない・・・もぅ帰るっ!!!」
ラウレッタはそう言い捨てて馬車に乗り込む。殿下が引き合わせて下さったのにちゃんと仲直りできずに申し訳ないかぎり。
「・・・まったく、さっきまでは落ち着いていたんだがな」
「お恥ずかしいところを見せてしまいました、どうかお許しを・・・」
「俺も力及ば・・・いやそれより話がある、休みたいところを悪いが少し付き合ってくれ」
「承知しました」
言われるままについてきた場所は・・・王太子の部屋だった。小さいテーブルにて向かいあわせて座る事に。
「改めて先日の作戦ではご苦労だった・・・俺からも礼を言わせてくれ」
「恐縮です・・・私はただただ精一杯に」
その瞬間穏やかだった殿下の目が鋭くなる。
「そうだ、活躍し過ぎで度を超えてしまったようだ・・・俺の許可なく治療スキルを使ったな?」
「も、申し訳ございません!しかし緊急事態でしたので・・・それに最後まで気を失う事なくできましたので問題は」
「俺がどれだけ心ぱ・・・ってそうじゃない!先ほどの父上のお言葉を覚えているだろう!!」
いつものぶっきらぼうでは済まない剣幕にただただ驚いてしまうばかり。
「は、はい・・・確か『二人で共に戦う姿を見せれば国民達はより力を合わせてくれる事になるであろう』だったように思います・・・光栄なお言葉でございま」
「違う!その前に言われた『アルクと共に戦場に立てるのではないかな』だ!これがどういう意味なのか分かっているのか!?もうやり直しは利かないんだぞ!!」
私が至らない発言をしたせいか更に激昂する殿下。確かに陛下はそう仰ってはいた。でもそれが「どういう意味になるのか」とは・・・何か大事な事を見落としているのだろうか?
コンコン
「誰だ!今は取り込み中だ!!」
「なんですか騒々しい・・・先ほどパーティーが終わったばかりだというのに」
お部屋に入ってきたのは厳しいお顔をされている王妃様だった?後ろには侍女が2人控えている。
「は、母上・・・どうして」
「それだけ大きな声を荒げれば嫌でも聞こえるというものです・・・それに何ですか、自分の婚約者を部屋に連れ込んで仲良くするのかと思えば些細な事で怒鳴りつけるなど・・・恥を知りなさい!」
「こ、これには理由が・・・」
「婚約者にはそれ相応の態度を取りなさいといつも言ってるでしょう!全くいつまで経っても聞きわけの無い・・・システィナさん、こんな分からず屋は放っておいて私の部屋にいらっしゃい」
「は、はい・・・でも」
「バカ息子にはお父様からお説教をしてもらいますから・・・さぁおいでなさい」
不機嫌なお顔で俯いている殿下を横目に王妃様に同行する。
王妃様のお部屋でお茶を頂くことに。少し混乱していた心が落ち着いてくる。
「ごめんなさいねシスティナさん、婚約者に怒鳴り散らすなんて・・・何年経っても変わらないんだから」
「い、いえ私にも至らないところがございますし・・・」
「今まで王太子妃教育で落ち着いて話す事がなかったけど・・・あの子は父親に似て小さい頃から武術や軍学にばかり興味がいってしまってね、女の子と遊ぶなんて考えもしなかったのよ」
「そうだったのですか?」
「だから今ひとつ女の子にどう接すればいいのか分からなくなる時があるのよ・・・それに先日の作戦では貴方も少し活躍し過ぎたようだから変にこじらせちゃったみたい・・・」
王妃様の言葉に衝撃を受けてしまう。それでは殿下が不機嫌だったのは私が活躍したせいなのか。そう考えると私に治療スキルを使わせなかったのも納得できる。
「とにかくあの子はまだ子供なのよ、もう少し経てばさすがに大人になるでしょうから・・・どうか辛抱強く付き合ってあげてちょうだい」
「承知致しました・・・」
王太子妃教育にあった心得「妃となるものは常に王を立てなければならない」・・・こんな大事な事を忘れていたなんて。やっぱり作戦での活躍で私の心は思い上がっていたようだ。これではラウレッタとの仲も悪くなるばかりだ。
改めて自分を戒めよう。先日のような大規模作戦はもうないハズ、なるべく周囲に目立たないよう過ごさなければ。
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