第十一話 ルカーノ・ビアジーニ


 僕の部屋には一人の兵士とこの国の宰相フェルモ・ドゥーカ=スタツィオ閣下がいる。


「ビアジーニとやら、その方に頼みたい事がある」

「それは王命、でございますか?」


「内密のモノだが王命と考えてよろしい、一週間後に入学するシスティナ・ドゥーカ=ソァーヴェ令嬢のスキルを調査してほしい」

「なぜぼ・・・私なのでしょうか?わがカヴァルカントには何十名もの優れた教授がいます」


 何とも不思議で怪しい依頼だ。僕はいち教授、一番若年で新参者に過ぎないのに。それもドゥーカ(公爵)の令嬢のスキルを探れとは。聞けば理鬼学を知らない娘だという事。そんな相手をどうして・・・。


「その方が理鬼学教育研究機関の最高峰たる『エーゼスキル学園』の出身者だから・・・というのが理由だ、とにかく余計な詮索と他言は無用・・・今までの返済免除と月一回の報告につき十二分な報酬を支払おう」


 ともあれそのエーゼスキル学園に入学するにあたり国費留学させてもらったのだから拒否はあり得ない。留学資金の返済免除に加えて報酬も頂ける事だし引き受けよう。


「お引き受け致します」



◇◇◇



 一カ月後、宰相スタツィオの言うようにシスティナ・ソァーヴェ令嬢が入学してきた。王太子妃候補で相当頭の回転が速くモノ覚えが良いらしい。三年間の授業を一年で許される能力だとは、さすがに高貴な生まれは違うという事か。


 また以前に入学していた「治療専科の聖女」と言われる傍若無人なラウレッタ・ソァーヴェ嬢は彼女の妹だが似ても似つかないそうだ。


 そして治療専科での実習をのぞいた時、宰相の言葉が理解できた。


 多くの治療専科生は怪我の止血・傷口の縫合・骨折の固定という手段で傷を癒すものだ。しかし彼女のスキルは全く次元の異なるものだった。傷口が治る、というものではない。傷を受けた事自体が無かったかのように完全に元通りになるのだ。


 宰相から聞いた話ではガストーニ砦にて右腕を失った兵士を無意識に治療したのだそうな。その時に欠損した右腕を完全復元したとか。実際に彼女がスキルを使用する様子をこの目で見たので納得できる事だった。


 エーゼスキル学園にも治療士志望の学生は五万といたが彼女の様な完璧なスキルは持ち合わせてはいない。あの偉そうな教授陣の中にすらいないんじゃないか?


 とにかくどうにかしてシスティナ・ソァーヴェ嬢を調査しなければならない。それにはまず人となりを知ることからだ。


 幸いにして僕にはカヴァルカント学園の学長から「エーゼスキル学園から送られてきた資料の整理・編纂」という大いなる雑用を押し付けられている。成績優秀な彼女なら作業の助手として引き入れる口実となるだろう。



「頂きます・・・香ばしくて口の中が引き締まるような渋みが美味しいですわ」


 間近で見るソァーヴェ嬢は美しい。黒髪で青い瞳を持つ落ち着いた雰囲気ながら時折歳相応の可愛らしさも見られる。

 それに頭が良いだけでなく常に控え目で、僕のような学術用語しか知らない22のオジサンにも話を合わせてくれる。彼女と過ごす時間が楽しくて思わず使命を忘れそうだ。


 こんな健気な娘を婚約者にしている王太子が憎らしい。彼女と同時に入学したその王太子アルカンジェロ殿下も高圧的な雰囲気ながら成績は優秀で理鬼学も習得済み、且つ人を惹きつけるカリスマを持ち合わせているようだ。王の子は王、という訳か。



◇◇◇



 学園の休日を使ってシスティナ嬢のスキルの正体を探るべく、彼女が治療―肉体欠損から完全復元―した兵士達に話を聞くため西のフィロガモ砦にまで行く。


「俺っちがアリキーノ様だ、右腕?ほれ、この通りピンピンしてやがるぜ!」


 システィナ嬢が最初に治療した土木工兵アリキーノ氏、粗暴ながら義に厚いので周囲に人ができあがるタイプだそうな。

 治療された右腕を見せてもらうと傷口が全くなく怪我をしたのかどうかさえ分からなくなる復元ぶりだ。



「先生、困りますなぁ・・・手伝いたいからとお任せしたのに咲いてる花を切っちまうなんて・・・」

「いやぁ、これは僕がうかつでした・・・この分だけ株分けにしてもらえませんか?」

「しょうがねぇ、今回だけですよ?」


 学園の庭師に花壇から花弁が落とされたチューリップの株を鉢に入れて分けてもらう。治療スキルの検証のためとは言え花には「済まない」と謝りつつ研究室に向かう。

 中ではシスティナ嬢が待っていた。


「お邪魔致しております、教授」

「お待たせしましたソァーヴェ嬢、今日は書類整理の前にこの花を治して頂きたいのです・・・間違えて僕が切ってしまいまして・・・」

「まぁ、それは可哀そうですわ!分かりました・・・鉢植えをこちらに」


 システィナ嬢はすぐさま茎の切断面に触れるか触れないかの手つきで鬼力をこめて治す。すると物の見事に花は復元された。燃えるような赤い花びらが咲き誇っている。


「ふぅ、終わりました・・・綺麗なチューリップですわね?今後は気をつけて下さいね」

「面目ない、お礼にお茶を淹れますので・・・」


 控室に行き上着のポケットを探る・・・僕が切ってしまったチューリップの花弁がどのポケットを探しても無い?システィナ嬢の治療スキルによって復元された花弁と見比べるつもりだったのに・・・これは一体どういう事なんだ??



◇◇◇



 学園が長期休暇から再開して一カ月後、ガストーニ砦の実習訓練でシスティナ嬢が治療スキルの過度な使用で気を失ったらしい。予想通りあのスキルは鬼力の消費量が半端ではないようだ。


 砦から戻られた王太子アルカンジェロ殿下は我々教授に向かい命令を下した。


「以後システィナ・ソァーヴェの理鬼学実習及び学園の私的な行使を禁ずる!学園の教授方には是非お聞き届け頂きたい!!」


 この国の王太子と言えども学園ではいち生徒に過ぎないのでこの要求は突っぱねる事は問題ない。


 だが成績優秀だからと資料整理を手伝わせたり、治療スキルに長けているからと実習に同行させていたシスティナ嬢もいち生徒に過ぎない。彼女を使い回していた我々も反省すべきところだ。誰もが反対する事無くその申し出に賛成した。



「ビアジーニ教授、貴殿はシスティナ・ソァーヴェにご自分の研究を手伝わせていたようだが・・・彼女は俺の婚約者だという事をお忘れなく」


 職員会議の終わった後で殿下が僕にそう警告してきた。普段なら恭しく了承するところだけど何故か反抗心がムラムラと湧きあがる。


「もとより存じております、しかし恐れながらソァーヴェ嬢も高貴なご身分のためか周囲から孤立されているご様子・・・どなたかの支えが必要かと」


 今までシスティナ嬢との会話でアルカンジェロ殿下の話が出た時の表情は暗く迷いのある顔だった。恋愛経験ゼロの僕が判断するのはおこがましいが、断じて恋する乙女のモノではない。


 彼は普段からシスティナ嬢に対して優しくはないのだろう。あんなに素敵な彼女を邪険に扱うとは全くふざけた婚約者様だ。


 しかし殿下の反応は意外なものだった。


「そんなこと・・・貴殿に言われるまでもない、失礼した!」


 殿下は顔に怒りを見せてから去っていく・・・なるほど、彼も所詮は人の子。やがては王者になるとは言ってもまだまだ未熟。自分の婚約者だと言うのならもっと大事に扱って欲しいものだ。



◇◇◇



「あの三人?ああ、アイツラならしっかり訓練してますよ・・・おい、お前ら集合だぁ!!」


 今度はガストーニ砦へ向かいシスティナ嬢に治療を受けた三人を引き合わせてもらう。やはり欠損した腕や足にはなんら障がいが残っていない・・・まさに神のごとき力。

 その時復元したハズの足の甲に古傷が残っているのを見逃さなかった。


「失礼ですがこの傷は・・・かなり古いですね?」

「ああ、これぁ5年前にビッグアリゲイターに噛まれた傷でさぁ・・・指が少し動かしにくいが走り回ったりするのは平気でさぁ!!」


 そう言ってズボンをはく兵士。協力してくれた兵士達に礼を言って砦を後にする。



 システィナ嬢の治療スキルは完全復元、それも怪我自体がなかったかのような回復ぶりだ。通常のスキルならばいくら綺麗に治そうとも運動障害が残るハズなのに。


 しかし先ほど見た足を復元させられた兵士の古傷は完治していない。もし神のごとき力だとすればそれすらも治してしまうものだろうに・・・何かが気になる。


 理鬼学の基本をもう一度おさらいする。


 人体の生命エネルギーである「鬼力」を扱う技術(スキル)、それが理鬼学

 その力は光・電・火・風・水・土・念の7種類の属性に振り分けられる


 ・・・だったな。

 通常の治療スキルは止血や縫合に接骨、これらは固定する「土」の鬼力から生み出されるスキル。そして病気などの体調不良を治すのは血液の循環を促す「水」の鬼力からのスキル。他の属性も症状によって使い分ける事で人体の調整が可能だ。


 しかしどの属性もそれ単体ではとてもシスティナ嬢の完全復元には遠く及ばない。未だ正体不明の念属性ですら不可能だろう。だいたいアレは何を対象に影響を与える力かまるでは分からな・・・。



 僕の思考は一つの仮定に辿り着く。まさかそんな事があり得るのか?それこそ神のごとき所業と言う事になる・・・逆にそれが正しければ以前に行ったチューリップでの検証実験も肉体の完全復元も納得が出来る!


 想像を絶する仮定に恐ろしくなり・・・身体全体が震えてきた。役目があるとは言えうかつに報告できる内容ではない。



「報告書、システィナ・ソァーヴェ嬢の鬼力及びスキルの詳細は未だ掴めず・・・ただ肉体欠損を復元する場合、当然ながら莫大な鬼力量を消費する事が認められる・・・本人へ過度の使用を警告すべき案件である、とこんなところか?」


 叶わない想いだけど・・・システィナ嬢は僕がお守りしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る