第十話 従軍

 二カ月後、大規模な実戦訓練として国防軍のモンスター掃討作戦に従軍する事になった。場所はこの国を象徴する三つの山の一つ、バィワ山。この山に出てくるモンスターは他の山に比べて凶暴さが低いとの事。


 この国が主導する事になる実習には学園の全生徒が強制参加。体調が悪い生徒以外は普通科生であっても出る必要がある。


 本来であれば治療スキルを持つ私も治療専科の一員として参加するべきなのだろう。しかしアルカンジェロ殿下からそれを禁じられているため普通科生として参加する。


 騎士科でも治療専科でもない普通科生は主に備品などの「運搬」、負傷兵の「誘導」、治療専科の使うスキルへ「補助」という目まぐるしい役割がある。役割分担を前もって決めておく必要がある。


 殿下は騎士科の生徒達を、学園の聖女と謳われるラウレッタは治療専科の生徒達をまとめる義務がある。私は普通科生を指揮する役割に推薦されてしまった。私には大勢の人達を指揮する才覚なんてないにも関わらず。


 しかし弱気になっていては私を推挙してくれた方々に対して申し訳ない限り。とにかく全力を尽くす以外にない。



 生徒会室にて軍との作戦指示を預かっている騎士科のリーダー達と会議を行う事に。しっかり立案された作戦なので我々学園の生徒達の配置も決めやすかった。


 それに王太子妃教育で習った歴史の中にも軍略の事が書かれていた。騎士科の女性ほどではないけど多少は対応できる。


「我々騎士科はこの配置で決定です、治療専科はその後方・・・普通科生はどうされますか?」

「・・・では私どもはその間、中間地点での配置に致します・・・その方が双方の連携も取りやすく負傷兵が出た場合も対応しやすいと思われますので」

「なるほど、理にかなっています・・・さすがはソァーヴェ嬢、ではこれにて会議を終了します、宜しいですね殿下?」

「ああ、本作戦の成功はここにいる諸君の連携に掛かっている・・・全員が一丸となって奮闘してもらいたい、以上!」


 会議の後アルカンジェロ殿下から声を掛けられる。


「普通科の現場指揮をするのも・・・お前なのか?」

「ええ、分不相応なのはわかっています・・・しかし与えられた役割はこなしてみせますので」

「・・・だったら安心だ、前線にでる事もないだろう」

「え?」

「なんでもない、とにかくサポートを頼む!普通科とは言え戦場に行く事に変わりはないんだからな」

「はい、お任せ下さい」


 私が微笑をもって答えるとやはり顔をそむけてしまわれる。よく考えると学園を卒業と同時に殿下と結婚する事になる。それを思うと顔が赤くなってきそうだ。



「システィナ様、では私達治療専科はこの陣営で行動させて頂きます」

「ええ、宜しくお願い致しますね?」


 治療専科からは聖女の代行としてアンジョラ・ヴィスコンテ=ネローニ令嬢がいらしていた。銀髪のショートヘアが凛々しく女性ながら同性達に人気があるようだ。


 ご実家はヴィスコンテ(子爵)ながら人を指揮する事に長けていらっしゃる頼もしい方。治療専科で共に行動していた時に私のアドバイスで怯えずに負傷兵への治療が出来るようになっている。


「ふぅ・・・ラウレッタ様には困ったものです、あれだけの才能がありながらこうした打ち合わせには一切出て下さらないんですから」

「・・・義妹が皆様に御迷惑をお掛けして申し訳ありません、姉として謝罪させて頂きます」

「い、いいえっ!システィナ様の謝罪を求めてはいません!それに会議では随分と助けて頂きましたので・・・それでは当日宜しくお願い致します」


 ラウレッタは「現場で活躍するのは私だけなんだから作戦なんていらない」と訳の分からない事を言って治療専科の生徒達を困らせている模様。頭の痛い事だ。



◇◇◇



 当日、バィワ山のモンスター掃討作戦が開始される。


 イラツァーサの国防軍は山を三方から包囲している。その周りを学園の騎士科の生徒達が布陣している。更にその外側を我々普通科生が配置しており、もっと後方には治療専科が控えている。念のためにカヴァルカント学園の教授達もこの場にはいるが、余ほどの事がない限り生徒達を手助けはしないようだ。


 ほとんどのモンスターは軍が討ち取るので我々学園の生徒達の出番はないとの事。なのでここはほぼほぼ安全地帯という訳だ。


 しかしここはいわば戦場、いつ状況が変わるかは分からない。作戦終了までは気を緩めてはいけな



「で、伝令ぃぃぃ!!左翼隊からモンスターの大軍が発生!軍の加勢を頼まれたしぃぃ!!」


 突然鳴り響く怒号。我々学園生の間にも緊張が走る。前方の騎士科から声が聞こえる。


「ぉ、おいどうすんだよこの状況・・・逃げるっきゃねぇぜ」

「こんなトコで命を落としてどうすんだよ、俺来年から仕官出来るんだぜ?」

「命あってのモノダネ・・・こっそりと引き下がれば」


 この方々は戦う前から戦意を無くしている?訓練では活躍していても初めてのモンスター戦だから緊張し過ぎているようだ。これでは勝てる戦いも勝てない。

 そんな暗い空気をかき消すかのような号令が轟く。


「諸君、恐れるな!こういう時こそ冷静に対処してほしい!ここには国防軍もいる事を忘れるな、彼らと協力すれば撃退できないモンスターなど存在しない!」


 声の主はアルカンジェロ殿下、生徒達を勇気づけるべく放った第一声は今にも逃げ出そうとしていた声を文字通り吹き飛ばしていた。


「これより左翼隊に集中して数の減った中央隊の穴を俺達で埋める!こちらから攻めなければモンスターも警戒して打って出てはこないだろう、これより騎士科は中央隊へ移動!普通科生及び治療専科の諸君は現状維持!・・・全員、生きて帰るぞぉぉぉぉおおおお!!」

「「「お、ぉおおおおおおおおぅっ!!!!!」」」


 殿下の細かい指示と共に放たれる激励に、一歩遅れるも気合いの入った雄たけびを以って答える騎士科の生徒達。これで敗走する危険が無くなった。

 一瞬にして生徒達の不安を取り去る殿下の力量は素晴らしい。こんな人が私の伴侶となるのは大変名誉な事だけど、こちらも殿下に応えられるようにならなければ!



―――



 三時間後、左翼隊の活躍によりモンスターを撤退させる事に成功した。損害も軽微に抑えられたようで軍事作戦としては上々の結果だそう。


 一時は中央隊の位置にモンスター100頭ほどの一個大隊が飛び出してきて騒然となる。それも軍隊と騎士科の連携で撃退出来たようだ。


「ぐぁっ・・・いでぇぇぇよぉぉぉ」

「ぅぐ・・・血が、血がぁあああ!」

「ほ、骨が・・・くだけ・・・がぁぁああああ!!」


 しかし無傷とは行かず最前線で戦っていた五十二名が手傷を負ってしまう。身に着けている装備を見ると平民の方々のようだ。だけど負傷者である事に変わりはない。

 急ぎ普通科生達と一緒に負傷者を治療専科の位置にまで案内させる。


「治療専科の方!こちらの騎士科の負傷兵達の治療を!!」


 治療専科生の中から出てきたのは聖女のラウレッタでも代行のネローニ嬢でもない令嬢だった。


「す、すみません!軍の命令でネローニ代行が大半の生徒を連れて左翼隊の軍の治療に向かいましたので、こちらには治療専科生はあまり数がいません!!」


 左翼隊?そうか、一番被害の大きなところだから無理もない。でもこちらの方々を放っておく訳にもいかない!


「構いません、こちらにいる方々だけでも治療をお願いします!!」

「わ、わかりました・・・みんな、いくわよ!」



  「放っておきなさいよ・・・そんな平民騎士達なんか」



 信じられない言葉が飛ぶ。その声は・・・ラウレッタだった?皆が働いているのに一人だけシートを広げて座り込んでいる??


「貴方何を言っているのです?怪我人が出てるんですよ?!早く治療しないと・・・」

「こっちも今軍隊の治療が終わったんだから少しぐらい休ませてよ・・・それにそんな平民達助けたって何の見返りもないじゃない、お金は持ってないし爵位だって騎士止まりだし」



  ぱぁあんっ!



 気がつくと私はラウレッタの左頬を張っていた。


「い・・・痛いわね、何するのよ!」

「負傷者を治療するのに見返りを考えるとは何事ですか!もういい、貴方には頼まない!!そこで休んでなさい!治療専科の方々・・・私が代わって指示を出します、普通科生と二人一組になって負傷兵の治療を行って下さい!!」

「「「は・・・はいっっっ!!!」」」


 私の指示の元にテキパキと作業する治療専科生とそれを手伝う普通科生。これなら死者は出さずにすむ。

 その様を茫然と見ていたラウレッタは私に食ってかかる。


「何よ何よ!私の治療専科よ!お姉様だからって勝手に指示を出していい訳ないじゃない!!そんな事したって聖女の地位はあげないんだから!!!」

「そんなモノは要りません!治療の邪魔です、そこを退きなさい!!」


 そう言って左肩を押さえてうずくまっている重傷者に向かって鬼力をこめる。肩の骨が砕けているけど欠損よりは遥かに軽い傷だ・・・これなら。


「ちょ、ちょっとお姉様!殿下からスキルは禁止されているでしょう!!」

「余計なお世話です!緊急事態ですから殿下もお分かり頂けます!・・・治りました、さぁ、まだ治ってない方は・・・」


「何でよ何でよ何でよ!どうしてみんなお姉様のものになるのよ・・・ぅわぁああああああんっ!!」


 訳の分からない事を言って泣き叫ぶラウレッタを余所に、それから十名ほどの重傷者に治療スキルを使い続けた。最初に治した騎士科生のように肉体の欠損はなかったからか私は最後まで倒れることなく治療する事ができた。


 その甲斐あって本作戦での死者数はゼロだった。

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